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プロフィール

tomoasa

Author:tomoasa
1957年12月生まれ。孫が5人いるのでジイジです。
主な病歴、職歴
2010年9月急性リンパ性白血病。フィラデルフィア染色体異常。寛解導入療法により寛解を得て、2011年春骨髄バンクから骨髄移植。退院後も現在までに出血性膀胱炎、肺炎、紅皮症等による多くの入退院を経験。現在も定期的に通院を継続中。
2013年6月 2年9ケ月ぶりに復職。
2014年7月両眼白内障となり手術(日帰り手術)。
2014年8月口腔がん(歯肉がん)と告知される。2014年9月手術。2014年10月初旬退院。
現在も3-4ケ月に1度転移の有無確認で定期通院中
2016年6月 退職
2018年10月食道がんと告知される。

又生まれた時に股関節脱臼。
整形外科に年一度通っています。


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最初に (今後変える予定です)

2010年9月急性リンパ性白血病
フィラデルフィア染色体異常
(ALL Ph+)あり。
2011年春骨髄バンク経由で移植
を受ける。
退院後膀胱炎や肺炎で3度入院も
2013年6月会社へ復帰。
2014年7月両眼白内障となり手術
を受ける。
2014年8月口腔がんの中の歯肉がん
(右側下顎骨悪性腫瘍)となる。
2014年9月切除手術を受ける。
以上が病歴です。
白血病のみならず、
思いもよらない多重がんとなって
現在QOLとしては当初思っていた
以下ですが何とか生きていられる、
会社にも行けているという事は
幸運なほうだと思っています。
(追記:2015年6月末に35年勤めた
会社を退社いたしました。)

白血病と言われた時、何もわから
ない中で一番の情報源になった
のが、患者さん本人あるいは家族
が綴った闘病日記でした。
自身が多重がん患者となって
色々経験したことをもしかして
知りたい方もいるのではないか
と思い個人的に記して来た日記を
ブログで公開することにしました。
白血病になった時点からの事、
特に闘病記を遡って記載すると
ともにこれから同時に闘わなけれ
ばならない2つのがんの闘病記を
記すことにします。

また何故に日付が2020年7月24日
なのか?
これは東京オリンピックの開会式
の日です。
2011年の骨髄移植、その後はまず
5年間生存が第一目標でしたが、
途中から5年ではなくそれを超えて
東京オリンピックを孫と観る事を当面
の目標としました。
2014年歯肉がんの手術により、
新たな5年がスタートしましたが、
目標は変えずに2020年夏を元気に
迎えることです。
白血病後の5年、歯肉がん後の5年は
あくまで通過点であるとの意思表示
でもあります。
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食物アレルギーとは 知識として引用


食物アレルギーとは
そもそも何?

Nipponham
「食物アレルギーねっと」
よりの抜粋

食べ物を異物として捉えて
起こるアレルギー反応。
食物アレルギーは「免疫」が
本来無害なはずの食べ物に
対して過敏に反応してしまう
状態のことをいう。

通常、食べ物は異物として
認識しないようにする仕組み
が働き、免疫反応をおこさず
に栄養として吸収する事が
出来るが、免疫反応を調整
する仕組みに問題があったり、
消化・吸収機能が未熟だと、
食べ物を異物として認識して
しまうことがある。
それによって起こるアレルギー
反応が「食物アレルギー」。

異物として認識された食べ物
成分(アレルゲン)を排除する
ために、アレルギー反応が起
こり、また腸から吸収された
アレルゲンが血液にのって
全身に運ばれるため、眼・鼻・
のど・肺・皮膚・腸などで様々
な症状が現われる。

食物アレルギーを疑っている経緯


骨髄移植後の事。

移植暫くしてからGVHD
により胃腸が不調になる
ことが多々あった。
上手く消化できない感じ
で食事数時間後に嘔吐、
下痢になることがあった。
最初は食べ過ぎとか、
消化の悪いものでも食べ
たとか、
たまたま体調が悪かっ
たとか思ったし、
時間と共に治っていく
ものだろうと考えていた。
でも1年半位そのような
状態が続いたので過去
の食事との関係を考えて
見た。
共通するものとして生魚
があげられた。
刺身や寿司で起こる事が
多かったように思われる。

白血前は好き嫌いはあっ
たが刺身や寿司も普通
に食していた。
移植後の免疫抑制剤服用
時は生ものは禁止だったが
解禁後数回は刺身や寿司
を食べもて問題ないことも
あったので直ぐには結び
付けられなかった。

生魚の可能性がありそうと
思った後からは今までほと
んど食べていない。
しかし焼き魚は食べても
何も問題が起きていない
事実もある。

今後の事も考えて本当に
食物アレルギーなのかどう
なのかの白黒をはっきりさ
せたいという気になったの
で今回検査したのである。

食物アレルギーかもしれないと思い検査を受ける


骨髄移植をしてから食後
に嘔吐や下痢を起こす場合
が多々あった。

GVHDだろうと考えていた
が生魚や寿司を食べた場合
に起こっている可能性が
あるかもと思うようになる。

ここ数年意図的に生魚は
避けてきたが本当にそうな
のかを確かめてみたくなる。
(この経緯は別途書きます)

自宅近くの内科クリニック
でアレルギー検査を行って
いると知ってこの際一度
検査をしてみることにした。

問診の後、採血。
魚介類を中心に調べて
貰うことにする。
結果が出るまで1週間と
言われたので来週末に
聞きに行く予定である。

体重変動 食道がんの入院前後および白血病後8年間


退院から1ケ月を経過。
今回の食道がん入院
前後における体重変動
を記す。

・入院前日54.3Kg
・退院当日52.0Kg
入院前は冬眠前の熊の
ように少し無理して食べ
たので最近の最高体重
で入院。
治療および入院中の
プチ断食やカロリー
コントロールされた
食事のおかげで特に
苦労せず減量できた。

ここからは今までの
病気における体重変化。

8年前白血病になる前の
体重は63Kg前後。
白血病になり寛解導入、
地固め治療での抗がん、
移植前処理の全身放射線
治療を経て骨髄移植当日
には既に10Kg減。

移植後、食欲や食事量も
なかなか回復せず肺炎等
の入院、歯肉がんも重なり、
山谷もあったが最低時は
白血病から5年後、今から
3年前の秋に36Kg台の最低
値にまで落ちた。
数値だけだと体温と体重の
区別が全くつかなくなった。
減少比率でいえば病前から
40%以上減。

移植後のフォロー外来では
なかなか体重が戻らない人
も多く、もどるのに2-3年か
かる人もいるとは聞いては
いたが最低体重が移植5年
後に訪れるとは全く予想外。
体脂肪率も最低時は5%台。
その頃は命の危険も感じて
慌てて高カロリー飲料とか
買い込んで飲んでいた。
その後少しずつ食べられる
ようになるとその後は1ケ月
に1Kg増ペースが1年程続き
一気に50Kg近くまで回復。
その後も少しずつ増えて
今年は52-53Kg台で推移
している。

今回の入院では治療後の
食事の取りにくさ、食欲減退
はなく退院後は速攻で1Kg
程度戻るがそれを今もほぼ
維持出来ている。
普通に食生活が出来、今の
体重であれば良しとしている。
ちなみに今の体脂肪率は
日々結構変動があるが
15-17%の間で推移。

診断書 このパターンはさすがに初体験


今週の血液内科の外来時
に内科受付で診断書の作成
依頼を行った。

今迄には1つの病気で複数
の診断書を依頼したことは
数回あった。
会社に提出する診断書、
保険の診断書を別々に
用意する等である。

今回は
(1)食道がんの診断書
(民間の入院保険用)
(2)白血病後の障害厚生年金
の障害状態確認書

この2つが同時期に必要と
なったので窓口で2枚の
所定診断書の作成を2人
の医師へ依頼。

出す方も混乱する位なの
で受付の人が依頼先の
先生を間違わない様に
個々に説明しながら作成
申請。
記載する伝票も2枚になる
し確認の時間もかかる。

先生の記載終了後はまと
めて郵送での返送をお願い
(遅い方にそろえて)した
ので1通でもらうようになる。
返送の郵送費だけが1つ分
で済む事が唯一節約できた
事である。

眼科に行く(2018年12月) 


この一週間集中的に通院中。
今回は処方されている眼圧
を下げる点眼薬(タプロス点眼薬)
がもうすぐ切れるので眼科へ。
特にこの間に目の不調自体は
感じていないが他の大きな
疾患があるとそちらに注意が
行くので他は少し鈍感になって
いるせいかもしれない。

眼圧測定、視力測定、眼底撮影
後に診察となる。
眼圧は11/11(前回 10/12)
で正常範囲内。
矯正視力は1.2/1.2。
裸眼0.15/0.2。

緑内障になると元に戻らない
ので現状が維持されていること
が最善な結果と言える。





白血病 外来受診(2018年12月)


10月以来の外来。
この間の食道がん治療・
入院にも血液内科の主治
医も様子を見に来てくれた
ので特に入院に対しての
説明は必要ない。
先生からは退院後の状態
を聞かれたが入院していた
のを忘れるくらい普通の
生活ができていると答える。
それは素晴らしいですねと
言われた。

本日の血球値
()内は数値は前回(10月)の値
白血球数:9.1(12.3)、
ヘモグロビン:10.6(11.6)、
血小板数:224(198)、
CRP:0.1(1.4)、
クレアチニン:1.36(1.71)、
AST(GOT):43(44)、
ALT(GPT):35(38),
HbA1c:6.7(6.6)

先生からは数値上前回から
の変化はなく特に問題となる
所はないですねと言われる。
最近咳が少し出る状況が
あると話したがCRPは高く
ないので熱が出たら早めに
来院してくださいと言われ
とりあえず継続観察状態と
となる。

口腔がん、白血病とも現在
落ち着いている。
残りは今月末の内視鏡検査
結果である。




歯肉がん 最新状況(2018年12月) 


今回は頸部のエコー検査
を行ってからの診察。

検査結果は前回から変化
はなく、問題点となる点は
ないと言われる。

白血病と食道がんは同じ
病院で治療したが歯肉がん
は別病院なので食道がん
の顛末を先生に伝える必要
がある。
前回の診察時に食道部の
検査で怪しい所があると
言われているという事は
伝えてあったが、この日まで
に確定診断が出て既に治療
まで済ませている経緯を話す。

先生からは歯肉がんの方は
手術後4年経ちほぼ大丈夫な
状態まで来たので今は食道
がん後のフォローを中心に
考えてくださいと言われる。

次回は3ケ月後で検査は
入らず診察だけの予約。

がんになったのは不運 そう思う方が気が楽である


がんはなぜできる?
がんはなぜできる?みんなの誤解に苦しむがん患者達

・遺伝的要因
・偶発的要因
・環境要因

に分けて説明している。

自分の経験からも既に
がんになってしまったら
何故とか何が悪かった
とか考えても殆ど意味
がないし、昔に戻って
人生やり直すことも
できない。
更に精神衛生上も全く
良くない。
如何に治療するか、
今後どうするかを考える
べき。
私も白血病と告知され
た時に何が原因として
考えられるかを尋ねた
が先生からは今の医学
では不明なので今後の
治療の事だけを考えま
しょうと告げられた。

もちろん環境要因は除去
する努力はすべきである
が過去を悔いても、反省して
もがんが無くなってくれ
る訳ではない。

実際に
酒やたばこはやらない、
食生活に気をつけている、
十分に運動をしている、
人でもがんになるし、
逆の生活でもがんになら
ない人もいる。
運が悪かったと諦めるの
も肝要。

自分自身は複数のがんに
なったのでこれだけ不運
が続いているので1度位
は大きな幸運が来るの
ではと思い毎週ネットで
宝くじを買っているがまだ
当たるどころかかすりも
していない。

でも再発、転移がない事、
これだけがんになっても
その後の命がまだある事
に大きな運があると考える
ようになった。
生きているという幸運が
あるからこそ複数回の
がんになれたのだと。

しかしこれから先はどう
なるかはわからない。
何しろ運次第だから。

皮膚科に行く(2018年11月)


前回は診察なしで薬のみ
もらったがこの間食道がん
での入院があったので先生
に直接報告することと現在
の皮膚状態を見て貰うため
に今回は朝から並んで診察
を受ける。

半年ぶりの対面であるので
先生からこの間どうでしたか
と聞かれる。
今回の病気や治療入院の
内容を説明。
抗がん剤は使いますかと聞か
れ今は行う予定はないと説明。
皮膚に関しては一番重要な
事だと思われる。

一方現在の皮膚状態をみて
もらうと少し傷が出来易く荒れ
ているので今までの薬に加え
て1種類出すということに。

今迄も言われていたが再度
保湿の重要性と冬でも日焼
け止めを必ず使うように言わ
れる。
これらについては移植後に
冬でも部屋の中でも日焼け
するので予防は必要と言われ
て今までやってきた事でも
あるので私にとっては既に
生活習慣になっている。

移植後のGVHDで皮膚が
一番悪いので皮膚科の先生
に長い間皮膚状態を見てもら
って都度対応してもらえるの
で安心である。

サステナブルな健康保険制度へ思うこと


8年前の入院の時から
毎回感じていること。
入院患者の多くが私の
年齢より高い。
8年前は私も50歳台前半、
入院患者の中では当然
若い方であった。
そして60歳になったが
入院すると相変わらず
私より年上の方が多い。
そして後期高齢者領域の
人も結構見かける。
これで健康保険制度が
サステナブルでいられるの
かに大きな不安を感じる。

後期高齢者医療制度や
国保においては公費が50%
程度投入されて維持されて
いると聞く。
協会けんぽや組合健保は
会社も保険料負担をして
いるのでそれまで国費
投入率は高くはない。
(協会けんぽで16%位?)

保険というからにはリスク
が低い人は金額が安く、
リスクが高い人は金額が
高く設定されるのが民間
では当然である。
しかし健康保険は年齢を
重ねて病気のリスクが高く
なるにつれて収入が減る
こともあり保険料も診察料
も払う金額が少なくなるの
が一般的。

さらに医療の進歩により
助かる命も増えますます
長寿になるがそれにより
医療費も増えるのである。

一方で若く元気で働いて
いる病気のリスクの低い
人が多くの金額を払って
いる。
若い人は病気のリスク
は少ないかもしれないが
大きな病気になった時に
その後の治療の長さや
生活面でも一番大変な
世代だと言える。
若い人が入院していると
これから大丈夫なのかと
心配にもなる。

筋でいえば高齢者の医療
の保険料や自己負担割合
を増やすことであるが今の
日本は完全なるシルバー
民主主義であるので票に
結びつかない。

私自身も既に働いておら
ず保険料も低額であり
高額医療費制度の上限額
も低い。
消費税を上げてもらえば、
自分も少し負担していると
いうことが言えるのだが。

今後の超超高齢化社会
を考えると直接税依存に
は限界あるのは明らか。
やるべきは消費税率Up
や財産課税と考える。

特に医療面で考えるべき
は財産額に応じた保険料
や医療費の負担。
今は多くの資産を持って
いてもその時の収入額
のみが保険料や診察料
に反映される。
果たしてこれで良いの
だろうか。

一方で若い人の自己負担
を下げる。
合わせて病気をした後の
治療や収入面に対する
セーフティネットの充実が
必要。
具体例としては障害年金
も全ての人に3級相当障害
であれば権利を与える
とかである。

将来子供や孫の財布に
これ以上手を突っ込むこと
をしない為に今後高齢者
になる人がサステナブルな
制度維持のために自身の
負担が増える痛みを受け
入れなければならない。

食道がん 3週間過ぎて


治療後3週間、
退院して2週間が過ぎた。

少し前には入院していたと
いうことを忘れるくらい入院
前と同じように生活している。

入院中食事は刻み食やお粥
であったので食事よりも薬を
飲む方が喉に引っかかる感
がして少し辛かった。
退院後は食事の飲み込み
時の違和感や少しの痛み
が残った。
治療後2週間すると食事時
の違和感はほぼ消える。
但し時々普通にしているとき
に忘れさられないようにして
いるのかほんの少しの痛み
がでる時があった。
それも3週間過ぎると問題と
なる自覚症状はなくなる。
食事や薬を飲み込むのも
入院前と全く同様になる。
唯一忘れさせてくれないの
が食間の薬を飲む時である
がそれ自体を忘れそうになる。

今迄のがん治療後に比べて
順調すぎるので逆にこれは
これで結構怖いのである。
医療の進化の恩恵と言える
が人間は辛い思いをすれば
するほど逆に健康のありが
たさがわかる動物なのである。

医療で簡単に直せるとなると
気が緩むのである。

クレーンは鶴からきているのだが


ケレーン車のクレーン。

クレーン車の名称の由来は
鶴(英語でCRANE-クレイン)。
機械の動きや形が鶴に似て
いるところから付けられたと
いうことは知ってはいた。

鶴は日本や中国で馴染みの
ある鳥というイメージだったが
世界的な動物だという方に
驚いた記憶がある。
実際には南極と南アメリカ
大陸以外には存在している
と知る。

しかし今迄多くのクレーンを
見たが実際に鶴に見えたこと
はなかった。

今回の入院において病院の
外は新しい高層ビルが続々
と建築ラッシュ中。
病室から天気の良い日に
眺めているとなんと生まれて
初めてクレーンが鶴に見え
たのである。

クレーン

食道がん ESDの治療報酬点数


平成30年診療報酬点数表
手術料 食道 より

K526-2 内視鏡的食道粘膜切除術

1 早期悪性腫瘍粘膜切除術
 8,840点
2 早期悪性腫瘍粘膜下層剥離術
 22,100点

1がEMR
2がESD。
1点10円であるので今回はESD
だけで22万円超になる。

これプラス入院費用を見てから
実際の支払い金額の差を知る
と日本の医療保険制度に本当
に救われていると感じるし素晴
らしい制度だとわかる。
と同時に制度を支えて頂いて
いる多くの健康な保険料を納め
られている方々および国費分を
負担されている納税者の方々に
感謝を忘れてはならないと肝に
銘じる。
また1人で度々多くの病気になり
保険収支を悪化させることになり
誠に申し訳ないと感じる。

食道がん 除去検体の大きさは25mmx15mm


今回のESDにて食道から
剥離除去標本の大きさは
25mmX15mm。
1/4周程度の切除になる
とは聞いていたが実際に
どれくらいの大きさになるか
は想像できていなかった。

・検体の病理検査報告抜粋
検体は25x15mm大、
15x8mmのヨード不染帯を
認める。
不染帯に一致して異型上皮
を認めるががんとするほど
の異型認められないが一部
に扁平上皮がんを認める。
深達度はEP。
水平断端、垂直断端はがん
成分、異型成分いずれも陰性。

一部にがんが認められたが
異型上皮も問題が無いという
ことではないらしい。
異型上皮が問題になるのは
以下のような理由。
食道における発癌から発育、
進展には形態学的に正常
上皮から異型上皮、異型
上皮から粘膜癌への過程
を経ることが明らかになって
きている。

また深達度EPとは
癌腫が粘膜上皮内にとど
まる病変であることを示す。

一番安心出来たのは水平、
垂直断端が陰性であること
である。

食道がん治療後 スクラルファート内用液継続中


治療翌日から出された薬は
スクラルファート内用液10%

「日医工」より抜粋
基本情報
スクラルファートがペプシン
の活性を抑制し胃が荒れる
のを防ぎ、炎症や潰瘍を起こ
している部分に保護層を形成
することで胃液から炎症部位
を守ります。

効果・効能・作用
・胃潰瘍,十二指腸潰瘍
・下記疾患の胃粘膜病変
(びらん,出血,発赤,浮腫)
の改善
急性胃炎,慢性胃炎の急性
増悪期副作用

主な副作用は便秘、嘔気。

食道がん治療で出来た
潰瘍になっている部分を
守るという事のようである。
前後30分飲食は禁止。
退院時に次回の外来まで
の量が出された。
1日3回、72日分となった
のでとにかく大量である。
生まれて初めて納品され
る段ボールそのままで薬
を渡される。

入院中は食間でも大きな
問題はないが退院して家
にいると忘れそうになる。
ましてや外出すると猶更
である。
前後に飲食できないので
食後はもちろん、カフェで
一休み時でも飲めない。


食道がん 手術ではなく治療でも診療明細書の記載は手術


入院してからのインフォームド
コンセント時に少し本質とは
違うが主治医に手術と治療
の違いを聞いてみた。

今回の内視鏡でのESDは治療
で手術とは普通呼ばない。
消化器外科医も内視鏡で治療
するので内科医が治療で外科医
が手術とも必ずしも言えない。
先生も少し考えて私としては
体(の外側)を切るなり穴を開け
るなりする行為が伴えば手術と
呼ぶのではないかという見解。
腹腔鏡は当然手術。

従って今回のESDは内視鏡的
治療と呼ぶのが正解と言えそう。

呼び名はそうだとしても正式
書類ではどうなのだろうか。
退院時にもらった診療明細書。

区分:手術料
項目名:
内視鏡的食道粘膜切除術
(早期悪性腫瘍粘膜下層剥離術)
手術の区分ではあるが文書では
治療の文字は無く内視鏡的切除術
あるいは剥離術と記載されている。
領収書は手術料として計上されて
いる。

普通の会話では内視鏡で手術
しましたでも良さそうだがが専門
の人と話すときや病院で既往歴
を聞かれた時は内視鏡的治療の
ESDを受けましたと使い分けた方
が良いのだろう。

食道がん ESD治療退院後の注意点


退院が決まり看護師さん
より退院後の生活上の
注意事項について説明
を受けた。
ESD治療後の生活上の
注意点がマニュアル化
されており印刷されたも
ので説明される。
胃でも大腸でもESDで
あればほぼ同じ説明文
だろうと思われる。

そこに書かれていること
の抜粋。
長い抜粋ですいません。

治療部の完治までは2ケ月
程度かかる。
・生活・レジャー
脈拍や血圧が上がる激しい
運動や労働は避け散歩程度
にする。
ゴルフやテニス、水泳等禁止。
入浴は熱くない湯船で長湯
はしない。
温泉や旅行は主治医に事前
要相談。
・重いものは持たない。

・食事
基本は消化の良いものを
ゆっくり、よく噛む。

・禁止事項
お酒
理由はアルコールにより
血流が良くなり治療部位
が出血する可能性がある
ため

・避けたほうが望ましい食品
飲み物:炭酸飲料、抹茶、
濃い緑茶、紅茶、コーヒー
食べ物:焼肉、燻製、ベーコン、
ハンバーグ、カツ、カレーライス、
にんにく、塩辛いもの、ゴボウ、
刺激の強い香辛料、
繊維の多い野菜(タケノコ等)

疑問あるいは質問は
この記載は一般的(平均的)
な治療後の話で治療部分の
大きさ広さで違いがありそう。
具体的には避けるべきものは
いつまでどの程度避けるのか、
一方どういうステップで復活さ
せて行くのかということ。

私の治療程度に当てはめると
どうかが一番聞きたいが説明
してくれている看護師さんに
質問しても明確な答えは出せ
ないと思われるのでその場
ではハイと答え後程主治医
に聞く事にした。

その後の主治医との会話。
避けるべき食べ物飲み物
は治療後2週間ぐらいは
止めておいたほうが良い。
そのくらいで今回治療して
潰瘍になった部分は治る
と思われる。
その後に少しずつ試して
みて問題がないことを確認
しなが体調に問題が起こら
なければ1ケ月程度過ぎれ
ば小旅行も良いでしょうと
言われる。
年末には特段に注意せず
病気前と同じ生活でいける
と思いますとの回答。
実際年末には検査するので
そこで確認するとの事。

個々人の状況は直接患部や
症状を見ている医師でなけ
れば言い切れないという事
である。

損だと言われている月またぎの入院を選択した理由


今回の入院は月末から。
退院は月初めなので完全
なる月またぎ。
長年の通院、多くの入院、
ファイナンシャルプランナー
として知識もあるので高額
医療費の面から入院は月
を跨がない方がお財布には
優しいということは熟知は
している。

今回の入院日は最終的に
自分で選択したので1週間
ずらせば月初めの入院に
することは出来た。
でもその選択はしなかった。
理由はただ一つである。

「最短の治療可能日を選択」
一般的ながんの場合は1週間
程度遅れてもその差は問題に
ならないことも知っている。
実際告知時に、このまま治療
しないとしたらどうなりますかと
質問した。
1ケ月程度であれば今とほぼ
同じ状態、6ケ月後ではどう
なっているか予測できないと
言われた。

術後に再発、転移、予後不良
になった時に治療開始日の
選択が最善だったのだろうか
と悔いる余地が無いようする。

仕事を辞めた理由も体が
最重要と考えたためである。
体調をなるべく崩さない、
体調が悪ければ休める、
直ぐに病院に行ける、
更に直ぐに入院もできる
状況にしたのである。

そういうことから金銭面の理由
から最短で治療開始をしないと
いう選択肢はなかった。
ファイナルシャルプランナーと
してのお金の面からの提案は
理解は出来る。
でもその選択が将来に渡って
正解かはわからない。
しかし上手く行かなければあの
時こうすれば良かったという悔い
が必ず残る。

がんに対する治療法は選択肢
があり最終的には自分で決め
るが時期も選択である。
(白血病は即治療開始だから
完全に別格と言える)

本当にお金の面で苦しむ人が
制度の関係で最速での治療を
受けられないのであれば制度
を変えるべき。
具体的には今の高額医療費
の月度清算方式を変えるとか
低所得者の医療負担を更に
低くするとかである。




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