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プロフィール

tomoasa

Author:tomoasa
1957年12月生まれ。孫が5人いるのでジイジです。
主な病歴、職歴
2010年9月急性リンパ性白血病。フィラデルフィア染色体異常。寛解導入療法により寛解を得て、2011年春骨髄バンクから骨髄移植。退院後も現在までに出血性膀胱炎、肺炎、紅皮症等による多くの入退院を経験。現在も定期的に通院を継続中。
2013年6月 2年9ケ月ぶりに復職。
2014年7月両眼白内障となり手術(日帰り手術)。
2014年8月口腔がん(歯肉がん)と告知される。2014年9月手術。2014年10月初旬退院。
現在も3-4ケ月に1度転移の有無確認で定期通院中
2016年6月 退職
2018年10月食道がんと告知される。

又生まれた時に股関節脱臼。
整形外科に年一度通っています。


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最初に (今後変える予定です)

2010年9月急性リンパ性白血病
フィラデルフィア染色体異常
(ALL Ph+)あり。
2011年春骨髄バンク経由で移植
を受ける。
退院後膀胱炎や肺炎で3度入院も
2013年6月会社へ復帰。
2014年7月両眼白内障となり手術
を受ける。
2014年8月口腔がんの中の歯肉がん
(右側下顎骨悪性腫瘍)となる。
2014年9月切除手術を受ける。
以上が病歴です。
白血病のみならず、
思いもよらない多重がんとなって
現在QOLとしては当初思っていた
以下ですが何とか生きていられる、
会社にも行けているという事は
幸運なほうだと思っています。
(追記:2015年6月末に35年勤めた
会社を退社いたしました。)

白血病と言われた時、何もわから
ない中で一番の情報源になった
のが、患者さん本人あるいは家族
が綴った闘病日記でした。
自身が多重がん患者となって
色々経験したことをもしかして
知りたい方もいるのではないか
と思い個人的に記して来た日記を
ブログで公開することにしました。
白血病になった時点からの事、
特に闘病記を遡って記載すると
ともにこれから同時に闘わなけれ
ばならない2つのがんの闘病記を
記すことにします。

また何故に日付が2020年7月24日
なのか?
これは東京オリンピックの開会式
の日です。
2011年の骨髄移植、その後はまず
5年間生存が第一目標でしたが、
途中から5年ではなくそれを超えて
東京オリンピックを孫と観る事を当面
の目標としました。
2014年歯肉がんの手術により、
新たな5年がスタートしましたが、
目標は変えずに2020年夏を元気に
迎えることです。
白血病後の5年、歯肉がん後の5年は
あくまで通過点であるとの意思表示
でもあります。
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白血病 外来受診(2018年10月)


2ケ月空いての外来。
この間特に大きな問題は
ないが午前の消化器内科
で食道がんと宣告されて
いるので話題は当然それ
になる。

主治医からは病理報告を読ん
でまた大変ですねと言われ、
内視鏡で済めば良いですね
との言葉を頂く。

それ以外には、12月の誕生日
が近づくと障害年金の為に最新
の診断書を書いて頂くことになる
事を事前にお願いしておく。

本日の血球値
()内は数値は前回(7月)の値
白血球数:12.3(10.0)、
ヘモグロビン:11.6(11.1)、
血小板数:198(187)、
CRP:1.4(0.2)、
クレアチニン:1.71(1.57)、
AST(GOT):44(48)、
ALT(GPT):38(45),
HbA1c:6.6(7.1)

CRP値が高いのは数日前から
喉やリンパに少し痛みがある
と伝えると何らかの感染がある
と思われるという診断。

抗生剤を出しますという話で
あったが先生の入力忘れで
処方箋になかった。
帰宅中に電話があったが病院
に戻る必要があると言われた
ので薬の名前を聞いて、症状が
改善されなければ近くのクリニック
に行くということにした。
これ位であれば最近は自力回復
可能と思われる。

次回の外来予約を12月に入れた
がその前に入院、手術でお会い
することになると思いますので
よろしくお願いしますと告げて
診察は終了となった。

GVHDに対するiPS細胞を使った治験申請


以下引用
富士フイルムは人工多能性幹細胞
(iPS細胞)を用いる移植医療の
臨床試験(治験)を平成30年度中
に厚生労働省へ申請する方針を
明らかにした。
治験の対象は白血病の治療で
骨髄移植を受けた患者の約4割が
かかる合併症
「急性移植片対宿主病」

記事は以下
SankeiBiz
iPS医療、富士フイルムが治験へ 企業初、年度内に国へ申請

移植で助かった命がGVHD
で危うくなる、あるいはQOL
が極端に落ちた生活になる。
これは命が優先順位一番
なので仕方が無いとあきらめ
なければならない部分はある
とは思う。

しかし命を助ける医療と共に
QOLを落とさない医療が今後
は必須であり、GVHDで苦しんだ
経験からこの治験には大いに
期待。

病気をしないことも重要である
が病気をした人がより良いQOL
で過ごせることも健康寿命を
伸ばすのである。

9月10日 8年前に白血病と告知された日


2010年9月10日。
この日の血液内科の診察で
白血病と言われそのまま入院。
この日を境に人生のプリオリティ
が変わったというか変えざろう
えなかった。
あれから8年。
骨髄移植からは約7年半。

発病前の50数年に比べて長い
と感じる8年である。
人生の半分以上は病気だった
ような気になる。

しかしこの1年位で病気前は普通
の事でも病気後にはできなかった、
やれなかった事が出来るように
なったことも多い。

・海外旅行に行けた。
・ビール系が飲めるようになった。
(口内が敏感でシュワシュワ系
がダメだった)
・夏に靴下を履いて寝なくて良く
なった。
(冷え性が改善傾向)
・半袖で外出が数回出来た。
・マスクをしないで外出してみた。
・発熱回数が減った。
・体調が少い悪いと感じても回復
期間が短くなった。

でもまだまだの部分もある。
・手の親指以外のツメは伸びない
・頭の毛が生えてこない。
(でも生えている部分は伸びる)
・どんなに暑くても首から下は
汗をかかない。
(でも首から上は異常に汗をかく)
・上りの階段や坂は息切れする。

やれたというよりもチャレンジが
出来る身体や精神状態になれた
いう方が正解と思える。

がんになってからの食事問題


AREA.dot記事

がんになった記事で有名な
野上さんのコラム
抗がん剤治療で味覚障害や口内炎も… 難治がんになってわかった「食べる」ということの意味

記事的に話が色々飛んで
いるので飲みにくく残念な
部分がありますが食事面に
関してはうなずける部分
が多くあります。

私も病後の食事に関しては
同じような経験をしている。
抗がん剤の味覚障害が今まで
の味を感じさせてくれない。
塩味も醤油味も感じない。
従ってラーメン系は美味しさ
を感じる種類のものはなくなった。
しかしながらソース味は感じる
ので焼きそばは美味しく食せる。
今までの人生の経験を無き
にする時期であった。

もう一つは移植後、味覚障害
が消えても今度は食事量が
食べられないのである。
病気前は当然のように大盛り
を頼んでいたが病後は少なめ
にしても食べ切れない。

それどころか食事の時間になって
もお腹が減らない、もっと悲惨
なのは今日は食べれそうと思って
食事を始めて直ぐに箸が止まる。
これは食事を用意してくれている
奥さんに対して大変申し訳けない
気持ちになった。

食べたくないと行っても何が食べ
られるかを聞いて考えて食事を
作ってくれ、たまにあれが食べ
たいと言えば作ってくれるが、
それが食べられないのである。
頑張っても3口とかの時もあった。

今は病気前までとはいかないが
味覚は戻って、量も普通まで回復
している。特にNG食品もない。

好きなものを食する事ができる
という普通の事が幸せはと感じ
るのはそういう状況になった
経験がないとわからない。
最後まで口から美味しく食せる
人生がやはり理想である。




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