プロフィール

tomoasa

Author:tomoasa
1957年12月生まれのおじさんです。
2010年9月急性リンパ性白血病。フィラデルフィア染色体異常あり。寛解導入療法により寛解を得て、2011年春骨髄バンクから骨髄移植。退院後も出血性膀胱炎や肺炎による3度の入院を経験。2013年6月2年9ケ月ぶりに復職。その後も2014年7月両眼白内障となり手術(日帰り手術)。
2014年8月口腔がん(歯肉がん)と告知される。2014年9月手術。2014年10月初旬退院。
2014年12月紅皮症となり入院。12月末に退院。
2015年7月入院(気管支炎)、2015年9月肺炎により入院。
移植後も体調不良により入退院を繰り返しています。

又生まれた時に股関節脱臼。
整形外科に定期的に通っています。


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今日入院したのだが?????

歯肉がんの治療のための入院治療。
今日(9/13)入院、9/16手術予定で動いていました。
予定通り10時前に病院に行き、入院手続きをして病室に入って説明を聞き、
手術のために麻酔科の医師の診察を受けると、手術は9/17(水曜日)です。
あれあれあれ・・・9/16のはずですが!!!!! 
だから今日入院と言われましたと押し問答。
病室に帰り看護師さんを呼んで抗議。
事前に渡された手術同意書の日付は確かに9/16。
看護師さんもそうなんですけど手術日の予約は9/17になっていますとの事。
どうやら当初9/16に予定で動いていたが連休後の為手術が多く、
時間が確保できなかった模様。
それならそれで事前に連絡してくれば今日入院する必要はなかったのにと猛抗議。
結局、今日の入院は取り消しで9/16入院として荷物も持ち帰る。
病院の事務の人も前代未聞ですと謝られる。
出鼻をくじかれましたが、トラブルはこれだけにして
手術自体は問題がなく終わることを祈るしかありません。
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白血病の入院までの経緯

2010年8月末の日曜日 朝からか高熱、腰や膝が痛く起き上がれない。

前の日から実家に行っていたので妻の運転で帰宅。
40度位の熱が下がらず何もできない状況。
月曜日近くの内科に行く。風邪でしょうからと解熱剤等の薬をもらう。
火曜日から金曜日までは薬を飲みながら会社へ
少し熱があるが何もできない訳ではないので一応仕事をこなす。
でも薬を飲み忘れると高熱が出たり、電車の乗り換えに苦労したり(息切れする)していた。
同僚から顔色が悪いと言われる。

土日になり静養していたが熱が下がら無いので翌月曜日は
紹介状はないが少し大きめの病院に行く事にした。
血液検査、レントゲン、心電図。先生からは血液検査で少し悪い数値がでています。
今飲んでいる薬の影響の可能性もあるので薬を止めて再度検査したいとのこと。
水曜日再来として帰宅。気分的にはちょっとヤバイかもと思い始める。
水曜日再度病院へ血液検査を終えて先生からやはり数値に異常がありますといわれる。
血液内科のある病院への紹介状を書きますので出来るだけ早く行ってくださいとのこと。
血液内科という言葉は初めてで再度聞き直した。
二つの病院を紹介され決める様に言われる。結局、通勤経路途中になる病院に決める。
今思うと通院すれば治るのではという期待があったように思う。
ぶ厚く脹れた封筒を手に帰宅。開けたい衝動に駆られるも我慢。
家に帰って血液内科を調べると白血病や悪性リンパ腫とか怖い病名が
いろいろ書いてある。これは相当やばい状況なのではと思い出す。
紹介された病院は木曜日は血液内科は休診とのことで金曜日に行くことにする。
木曜日は会社へ。個人的に一人引継ぎモードで仕事。帰宅時、次いつ来れるかと思い
周りを一周。

金曜日、妻の運転で病院へ。いい天気でした。家を出る時しばらく戻れないかもとの予感が・・・
朝一で、検尿、採血、レントゲン。採血本数がおそらく20本以上。
看護婦さんもこんな数見た事ないですと言われるも私もこんな数経験ありませんと答え笑われる。
大丈夫と言われるも、全然大丈夫じゃあないですと答えベッドで横になりながら採血。
採血にも時間がかかるので途中看護婦さんが顔色悪いですねと話しかけてくる。
病気ですからと精一杯の笑顔で回答。
10時過ぎに診察室に呼ばれる。妻と一緒に入り先生から告知。
数値から"急性白血病"と思われます。
このまま入院して正確な病名診断と緊急に血小板の輸血が必要です、、、、、、、
告知時にはやっぱりという感じで案外冷静に聞いている自分がいました。
こちらからの質問は病気の考えられる原因はなんでしょうか?
先生は多くの場合は不明です。運が悪かったと思ってそういう事は考えずに
これからの治療へ向かってくださいという事。

2010.9.10 この日が白血病との戦いのスタートとなりました。

今度は口腔がんになる

今年(2014年)7月末頃から歯というか歯茎が痛く感じるようになる。
痛む場所は右下側です。
8月初旬会社に近くの歯科を受診。レントゲンを撮るも紹介状を書きますので
歯科口腔外科を受診してくださいと言われる。
家の近くの病院で1年少し前に親不知を抜いてもらったのが口腔外科だったので
そこへの紹介状を書いてもらう。
8月中旬歯科口腔外科受診。少し診てから造影剤入りでCT撮影を今日したい。
結果を次週聞きに来てくれと言われる。
次週受診。悪性腫瘍の疑いがあるので、病理検査(生検)をしますのでまた次週結果を
聞きに来くださいとのこと。悪性腫瘍だとガンですかと聞くと、歯肉がんの可能性があるとの事。
生検結果がでて悪性であることが決定。MRIとPETを撮ってリンパや多部位への転移の有無を
調べることになる。その週に検査実施。
幸いリンパ節への転移はなさそう。但し腫瘍の大きさが大きいのでステージⅡという診断。
正式病名は"右側下顎骨悪性腫瘍"
治療に関しては外科的手術による切除か放射線治療(サイバーナイフ)の選択。
最終的に手術を選択。選択理由は病院側の問題ですが手術の方が
早く治療開始が出来ることと、放射線治療の医師も切って治せるのであれば
その方が予後が良い可能性が高いので第一選択肢は手術でしょうという言葉。
口の中への放射線治療はその後口内炎等の問題が起こり、長い期間治らない
人が多いので予後を考えると切除を進めるとのこと。

という事で次週手術を受けることになりました。

白血病の発病から今迄のサマリー

今後、詳細は少しずつ記載して行こうと思いますが、白血病の告知からほぼ
4年経った今までの大体の経緯です。
2010.9.10 白血病告知、即日強制入院。
すぐに寛解導入療法が始まる。治療プロトコ-ルはJALSG PH+ALL208。
2010/10初旬 治療に非常に苦しんだが寛解に達し、無菌室脱出。
2010/11初旬 骨髄移植は入院した病院では出来ないので移植が出来る病院に検査入院、骨髄バンクへ登録
2010/11下旬 最初の病院に戻り地固め治療開始(1回目の前半)
2010/12中旬 一時退院して、移植で今後も長く休むことになるので
年末年始は会社へ行って身辺整理や各種連絡を行う。
2011/1初旬 地固め治療の1回目の後半
2011/2中旬 地固め治療2回目
2011/3上旬 2回目前半終了時に退院。移植病院よりドナーが見つかったので3月末に入院するように言われ
自宅待機となる。この時に東日本大震災が発生。移植もどうなるかと思ったが少し予定が遅れるも実施可能との事。
2011/3下旬 移植病院に入院。但しTBI(放射線照射)はスケジュールの予定で移植病院では出来ず、転院して実施。
その後移植病院に戻り前処理が始まり移植実施。
(骨髄バンク経由なのでドナーさんが特定できる可能性があるので今後も移植日を記載することはしません)
出血性膀胱炎となったが、寝たきりにもならず、移植後もトイレも全て自力で行けた。
移植後2ケ月を前にして退院。まずは順調と言える方だと思います。
2012/6 血尿が出て入院(3週間)。出血性膀胱炎。
2012/8 肺炎で17日間入院
2013/4 肺炎で2週間入院。
2013/6 3年9ケ月振りに職場復帰
2014/7 両眼白内障となり手術を受ける
2014/8 歯肉がんになる

自宅療養中も色々ありました。今後少しずつ書いていきます。

白血病入院初日

2010.9.10 金曜日でした。診察で白血病と言われそのまま入院。その時のことを書きます。

とりあえず3ケ月は会社には行けないと思ってくださいと先生。
事の重大さが徐々に理解できるようになる。
先生に病名告知され、このまま病室に案内しますのでマスクして、車椅子で移動します。
何故車椅子とその時思いましたが、血小板数が少なくて、転んで頭など打ったら致命傷
になる事が後で調べて分かる。こんな体で会社に行っていたのだと知らないという事は怖いです。
妻が入院手続き中に病室に入る。

一般病室が空いてないので個室に入れられる。
妻は入院荷物を取りに一旦帰宅。病室では1時間程またされて、
主治医からは色々な説明と書類へのサイン。何にサインしたかは良く覚えていない。
その後マルク(骨髄穿刺)。
マルクがどういうものか知らない事と、これからどうなるの、仕事どうするの
みたいなことを考えていたので、良く覚えていないが、部分麻酔されて腰から取られる、
終了後30分動かないように言われて仰向けに寝る。
その後緊急で血小板輸血へ、黄色(琥珀色)なんだと見ていると貴方はB型ですが
緊急なのでAB型で行きますね。血小板は血液型関係ありませんからと
言われても違いますと言える知識もなく、力なくハイと答えて記憶上人生初の輸血開始。
2時間半程かかり終了。
夕方先生から正式に"急性白血病"ですと告げられる。白血球細胞が75%あります。
白血病にも種類があり、治療法が異なるので継続して調べます。

18時夕食。病院食を味わって食べる。
感染症が恐いので、生ものや包丁で切ってそのまま食べるものは禁止。
熱を通すとか、手で皮を剥けるフルーツはOK。チーズや納豆のカビ系禁止、花も禁止と言われる。
親に電話する。子供が入院だけでも驚くだろうが白血病であると伝えるのは
辛いが 目一杯冷静に病名をつたえる。心配するなとは言えずに詳細は妻に聞くようにと電話を切る。
夜熱が38度位あり体調は良くないが寝つくことが出来ない。寝る気にもならない。
色々考える。何故、これからの事、仕事の事、子供の事、親の事、、、、、、、
ふと子供の時入院していた病院で良くかかっていた曲
"いつでも夢"(橋幸夫、吉永小百合)が頭の中に蘇る。そう、こんな状況になったけれども
いつでも夢を持って生きていこうと思い寝付くことができた。

まだ白血病に関して何もわからない状況でした。

私の様な多重がん患者は数少なそう

口腔がんの事を調べていると以下のような記載があった。

以下引用
---------------------------------
日本における口腔がん罹患患者は1975年には2,100人でしたが、
2015年には7,800人と増加傾向にあると予測されています。口腔がんは、
全身に発生するがんの約2%といわれていますが
この数値は、血液腫瘍である白血病の発生率を上回っています。
口腔がんも全身に発生するがんと同様、進行してしまうと直接生命
に関わる重大な病気となります。
----------------------------------
これだと白血病と口腔がん両方になる確率は極端に少ないんだ。
何て俺は幸運なんだ。
それなら宝くじにでも当たって欲しいよと思う今日この頃。

白血病入院2-3日目

入院が金曜日だったので土日は治療がなく病室で過ごす。
寝て過ごしていれば特に体調の不調を感じることはなかった。

2010.9.11 入院2日目 朝体温 36.9度
この土日は状況をみて月曜日に採血して今後の事を
判断するとのことで投薬や輸血はなしとのこと。
仕事に関しては3ケ月の入院であれば今の仕事は他の人にやって
もらわなければならないので頭の中で整理する。
その後会社へ連絡をするためのメール作成開始。
当時はガラケーだったのでメール作成に時間がかかる。
推敲する必要があるのと今日は土曜日なので送信は日曜日にすることにした。

2010.9.12 入院3日目 朝体温 36.6度
土曜日作成したメールを送信。入院階は7階。部屋からは病院内の他の病室が
見えるだけで外は何も見えないが、
デイルームから高層マンションや毎日通勤で通っていた電車が良く見える。
何時から戻れるのか、また乗れるようになるのかとかを
ボンヤリと考えていても時間は長く一日が終らない。
急に外界と遮断され寂しさと不安が募る。

多重がんの定義

多重がんとは以下のように定義されています。

同一の患者に独立してがんが発生した場合をいいます。
転移あるいは再発は含まれません。
一般的に、同一の臓器に多重がんが発生したときに多発がん、
異なる臓器に発生したときに重複がんと呼びます。
多重がんの定義は
1.それぞれの腫瘍(しゅよう)ががんと確定診断されていること
2.それぞれのがんが離れて存在していること、
3.いっぽうのがんが他方のがんの転移ではないこと、
の3点があげられています。
多重がんの発生原因として
A.環境の関与によるもの、
B.個体の素因によるもの、
C.一次がんの治療に関係する
ものがあります。
これら3因子の1つが多重がん発生に単独で関与している場合もありますが、相互に関与することもあります。

私の場合、今回の歯肉がんについては
Cの白血病治療時の放射線照射が可能性が高いのではと言われました。

放射線治療時は将来ガンになる可能性が高くなるとは聞いていました。
しかし治療自体は長く生きるために、自分自身が最終的に選択した治療法ですので
今こうなっても泣き言は言えませんし言いません。
何故ならばあの時放射線治療を受けなければ
今生きていなかったかもしれませんので


血液型が????



土曜日のドタバタ入院、取り消し事件の際に気が付きました。
今回の入院は白血病の治療とは関係がなく外科的な手術を受けるので
先生や看護師さんには当然説明してありますが、病室は特に白血病患者、
骨髄移植を受けたとわかるようなものはありませんが見る人が
見るとあれっと思うものがありました。
患者の認識の為ベッドに名前や生年月日が張られるのですが、その中の
血液型が不明という事。
骨髄移植は白血球の型(HLA)が合うかが問題で赤血球の型、いわゆる血液型
は関係なく、時間をかけてドナーさんの血液型に変わっていくのですが、
まだ途中という事。1年前の人間ドックでも血液型は判断保留でした。
血液型判断にはおもて試験とうら試験があり、両方一致する必要があるのですが
私の場合は不一致のため判断が出来ないという事でした。
通常はおもて試験だけで判断するようですが
病院の検査や献血センターはオモテ・ウラの両方で確認するようです。

普段の通勤中や会社で急に倒れて経緯を知らない病院に連れて行かれると
輸血の時に困ってしまいますね。
ということで、職場には私が倒れたら現在治療している病院に連れて行ってもらうように
まわりの席の人にはお願いしていました。

自分自身キメラな私と呼んでいます。
以下Wikipediaより
白血病治療のため、骨髄移植を受けた患者も医学用語でキメラと呼ばれる。
骨髄移植は同一の血液型でなくても可能である。
血液型が異なるドナーから骨髄移植を受けた場合、
元々の造血幹細胞で造られる血液と移植された造血幹細胞で
造られる血液型は異なることからそのように呼ばれる。

白血病入院4日目~7日目

入院4日目 2010.9.13
次女が彼氏とともにお見舞いに来る。iPadを買って来てくれた
ので時間つぶしには困らなくなる。
夕方会社の職場から早速お見舞い。
申し訳け無い気持ちで一杯となる。

入院5日目 2010.09.14
朝体温37.0度 膝が少し痛い感じ。今日は造影剤入りでCT検査ということで朝食抜き。
iPadで白血病の事を調べ始める。
個室であるのでこの日は妻、長女、次女全員が揃い一緒に部屋で夕食を食べ、
トランプをして過ごす。
こういう事がなければ、これから死ぬまでこんなことはできなかったようなことが
出来ているのだと良い方に考えるようにした。

入院6日目 2010.09.15 水曜日
朝体温37.3度 右背中が少し痛い。
先生より明日から治療に入ることを告げられる。抗ガン剤や薬の説明、
それに合わせて副作用は人により出方が違うのでその場での
対症療法になるとのこと。
(寛解導入療法の開始ですね)
夕方会社から仕事の引継ぎに来てもらう。出来て無いことが多く、
すまなく思うがもう自分では何も出来ないのでお任せするしかない。
最終日一人引き継ぎモードで行ったことが少しだけ役に立った。
上司や同僚や部下には申し訳けないが仕事の事より
今後の治療に集中するんだという事で無理やり自分を納得させる。

入院7日目 2010.09.16
朝体温37.0度 今日から一週間朝9錠、昼1錠、夜3錠の薬を飲むことになる。
治療の開始であるが今思うと薬の種類も記載していない。
抗ガン剤の点滴も始まる。本格的な治療が始まったという感じ。
主治医が来てフィラデルフィア染色体陽性の急性リンパ性白血病
であるとの最終診断。
最終的な治療の第一選択肢としては骨髄移植を考える必要があること、
但し今の病院では骨髄移植は出来無いので、移植する場合は一次治療後
紹介する病院に転院するようになることを告げられる。
まだ病気の事や治療方法を全く理解していなかったので
この時はそうですかと自分の意見や質問もできず話を
聞くしかできなかった。

がんと癌

医学的には白血病は"血液のがん"と書き
"血液の癌”とは書かないようです。
がん(ガン)=悪性腫瘍全体の事
癌=悪性腫瘍のうち上皮性のもの

上皮性とは、表(体表)に繋がっている全ての部分で皮膚だけでなく
口や肛門に繋がっている食道や、胃、肝臓、肺などほぼ全ての
臓器が含まれることになります。
「肺がん」「肺癌」や「胃がん」「胃癌」はどちらも正しいことになります。
白血病やリンパ腫、骨肉腫、筋肉腫などは、上皮性のがんではありませんので、
「癌」とは書きません。

ということで通常はがん(ガン)と書いておけば間違いではありません。
ひらがなでがんと書くと文書の場合意味が分かりにくい場合が
あるのでガンも多く使われますね。
がん研究所やがんセンターという名前が多いのもこういう事からでしょう。

白血病入院8日目~11日目

入院8日目 治療開始2日目 2010.09.17 金曜日
36.1度平熱。朝一で採血。
10時半から抗ガン剤含む点滴開始。血管痛が出て最初は左手からであったが、
途中で右手に変えてもらう。点滴終了は夜9時。右手が不自由だと色々困る。

この病気の治療戦略の基本は以下だと調べてわかる。
第一段階:寛解導入療法:化学療法にImatinib(グリベック)を組み合せ
完全寛解(血液検査の数値が正常化、すべての臨床症状が消失状況、
でも体内には白血球細胞は残っているのでそのままでは高い確率で再発する)
を目指す。
第二段階治療:寛解状態を維持する地固め治療と並行して
造血幹細胞移殖の機会を待つ
グリベック(分子標的治療薬)の登場により治療方法は昔と違いが出たようだ。
またそれにより寛解に達する確率が高くなったとのこと。
また寛解という先生が言っていたことの意味が分かる。
一般的には使わない言葉なので最初”カンカイ”を目指します
と言われても日本語なのかドイツ語なのかも解らなかった。
体調的には味覚がおかしくなる。
胃腸の働きも良く無い様な感じが出て最初の苦しみが始まる。

入院9日目 2010.09.18土曜日
朝体温36.7度 空腹感と膨満感両方を感じる。
午前から夕方まで抗ガン剤含む点滴。血管痛あり、耐える。
体調:胃のもたれ、食べ物の匂いがダメになり限りなく食欲ゼロに近い。

入院10日目
朝体温36.4度
抗ガン剤の点滴はなし。そのためか少し食欲復活気味。
白血病闘病記を色々読む、、、、、、、、、
兎に角、白血病に関する情報を手に入れることに飢えていた。
そこでは闘病記がやはり今後のことを暗示してくれている
ので役に立った。

入院11日目
薬の影響かとにかく喉が乾き水分補給が欠かせない。
食欲は復活。また病院食も指定すればご飯のかわりに
メンになるということで、そばやうどんにかえてもらう。
この日は体調は非常に良かった。

まだ体調は不調も始まったが、悪くないような日どちらも
ある時期であった。

歯肉がんの手術

今日で手術終了後6日目です。やっと短時間はPCの
前に座れるようになりましたがまだまだ、
痛みや各種トラブルがあり、今後に不安があります。
手術前日から振り返ります。

2014.9.16の朝に入院して、明日の手術までの段取りを聞く。
説明内容は
手術は朝9時開始。食事や水分は前日の21時までに済ます。
手術日当日は7時までに手術着に着替える。
シャツは脱ぎ、パンツのみの上に手術着となります。
点滴を7時過ぎから開始。
靴下は血栓予防のソックスを履く必要あり。
水分も21時以降NGであるが白血病関連で糖尿病薬以外は
少量の水分で手術の朝も摂取するように言われる。
事前に浣腸はないとのこと。最近はあまりしないそうな。
手術時間の予定は3時間。
また手術後はベッドの上で医師の指示がある
まで安静と言われた。その後薬剤師さんが来て
手術後は24時間の予定で
水分と栄養の点滴、日に2回抗生剤の点滴が
あるとのことであった。

手術前日の今日の午後は患部のエコー検査をして
午後3時過ぎに早めにシャワーを浴びる。
夕方4時ごろ看護師さんが明日の手術着とソックスを
持ってくるがソックスに関してはMサイズを持ってきたが、
足首と太ももを測って、あらあらSサイズですね。
男性にはほとんどないです。
交換してきますということに、白血病後の痩せた影響です。
(体重は最近少し太っても47-48Kgを行ったり来たりですので)
17時前に主治医の診断。
エコー検査で少しリンパへの影響も可能性がゼロでは
ないそうなので、大きめに切る必要がありそうということで、
手術後は顔の対称が少し崩れる可能性があるかもという話に、
嫌ですと言いたいところですが今更どうしようもないので
そのまま聞いて明日に備えることにした。

では実際に手術日とその後はどうだったのかというと、
7時過ぎに手術着に着替えて待っていましたが当日は
8:30くらいまで特に動きなしでした。
8:30くらいから点滴の針(置きバリ)を入れて、9時5分前
に、それでは行きますということで徒歩にて看護師さんと
地下の手術室へ、多分手術室3だった記憶。
入ると生年月日と名前を言わされ手術台へ、執刀医
から言葉をかけられて、その後は麻酔をされあと当然
は意識なし。
手術終了後起こされて最初に聞いたのは今何時ですか?
14時半という答えだったので5時間半も手術していたのか
結構大変な手術だったのではという気になる。
結局右下の歯5本から顎の骨にかけて全削
骨の代わりの金属プレートを入れて固定。

手術中に検査して幸いリンパはセーフ
だったようである。
手術日はそのまま点滴と尿道カテーテルで
ベットから動けなくなる。
麻酔の影響か意識も所々ない。
手術翌日 昼前に尿道カテーテルを抜かれ
、トイレは自力で行くようになる。
手術2日目3日目は、患部の痛み、腫れ、
唇や舌のしびれもあり喋ることができない。
食事も嚥下が痛いのと口内の出血があるのでできない
状態で24時間点滴は続く。
手術4日目に鼻からチューブを入れての
栄養補修となり24時間点滴からは解放。
ただし痛みや発熱があ全体の調子は上がらない。
また口内の出血も止まらない
またここ連日午後になると38.5度以上の発熱があり、
座薬のお世話になっている。
熱が高いとそれだけで動けません。
5日目で口内の出血は少し減少傾向で楽にはなる。
まだ嚥下するときの痛みがあり口からの水分補給は
困難な状況は続く。





白血病入院17日目~20日目

入院17日目 治療開始11日目 2010.09.26 日曜日
夜オシリが痛く睡眠が十分でない。朝38.3度の発熱。入院後初。
下熱剤を飲む。食欲はなく夕食を半分位食べたのみ。
身体もだるくベットから起き上がれない。
こういう風に大変になるのかと思い出す。

入院18日目
朝39.7度の熱。下熱剤でなく点滴で熱を下げてもらう。
先生からは何かの菌が入っているかも知れないので血液を
取って調べるとのこと。抵抗力がないので直ぐに感染する可能性があるとの事。
下痢、嘔吐(食べていないので胃酸のみ)、肛門痛、、、最悪の体調。
その間も朝の投薬や輸血が続けられる。とにかくトイレに行くのに
ベットからおきあがるに数分かかり、貧血状態なので立って
いるのがやっとという状況にまでになる。

入院19日目 治療開始13日目 2010.09.28 火曜日
一時間以上連続して睡眠が取れず。朝熱も38.8度ある。
点滴で下熱。また抗生物質の点滴もはじまる。先生からはこの治療
と発熱は切ってもきれないので上手く付き合いましょうといわれる。
薬剤師が薬の説明に来る。朝食べれない状況でも薬は飲むべきか
と聞くと答はYes。食べ物は緩衝材となるだけとの答え。
午後平熱になったのでシャワーを浴びるも長い間立って居るのは困難、
かつ凄く疲れる。シャワー後ベットで横になる。
夕方から胃痛となり夕食はパス。胃が痛く眠りにつけない、、、、、

入院20日目 治療開始14日目 2010.09.29 水曜日
朝体温37.3度。朝一で採血。夜中胃が痛く朝になってもひどくなる一方。
何も食べれず飲めない状況。でも投薬、輸血が始まる。
あまりにも胃が痛いので痛み止めの注射を打ってもらう。
午後になりやっと胃は収まる。
一日でカステラ一切れ、バナナ一本、味噌汁一杯のみ。
胃痛のため整腸剤まで出る。薬が一杯で良く確かめないと間違える。
薬剤師さん再登場。薬の副作用はでていませんかととんでもない事を聞いてくる。
体調が悪い上にこの質問にはキレギミに身体全部悪いので全部
副作用じゃないのでしょうかと精一杯の抵抗。
体重測定あり。自分一人では起き上がれず看護師さんに抱きついて体重計に乗る。
今日は男の看護師さん、体調が悪い中今だけは若い女性の看護婦さんに
交代してと強く思うが言葉にはできず。
まだこんなことが考えられるのは少しは余裕があったのかもしれない。
この二週間で3kgダウンしていた。
こういう治療だと太る人はいないでしょうとき聞くと浮腫がでて
増える人もいるので体重測定も重要とのこと。
(増えると利尿剤を入れられますね)

薬が飲めない→やっと摂取

歯肉がんの手術後6日目でも嚥下が大変苦痛。
風邪をひいたときにのどが痛くて唾すら飲み込むの
が痛くできないという状況とほぼ同じ感じです。
やっと今日ぐらいから少量の飲料をストローを使って
口から摂れようになっただけです。
食事、水分は流動食を鼻のチューブから入れているのですが
白血病(血液内科)治療関連の飲み薬が飲めない状況。
今回の手術は白血病の治療病院とは別の病院なので
直接連携はありません。
その中で糖尿病薬関係は毎食血糖値を測られ、
インシュリン注射なのでよいのですが問題はその他です。
薬を溶かして栄養補給と同じようにできないかを
検討してもらっていました。
今日やっと実現されて一安心。
ですがアクションが遅いというか手術前に既に
分かっていることなのに、対策が検討されてていません。
手術病院にも血液内科はあり事前に
相談はしていたのですが、薬は飲んでくださいという
回答しか出していないようです。
(術後の状況もわからないままのコメント。
何も飲めないという状況だとは理解していないと思います)
同じ病院であれば点滴に変更可能なものは切り替える
はずだと思うのですが・・・・。
やはり大きな病気を抱えている患者がその治療中に
他の病気の治療をするということは、新しい主治医にとって
まず目の前の事がプライオリティが高いし、門外漢なので
難しいのだと言えそうです。

これからの高齢化社会と医学の進歩により、
私のような複数の関連性のない病気を持つような人が
多くなるのは必然。
今回の件でトータルで患者や入院患者を診る
ような分野の医師が必要なのではと感じます。

白血病入院12日目~16日目

入院12日目治療開始6日目 2010.09.21月曜日
体温36.6度 体調良く食欲もあり。点滴も9時半から14時で終了。
今日から白血球を増やす注射も毎日打つとの事。
痛いので毎日腕を変えましょうねと言われる。
点滴、採血、注射で両手、両腕が酷使状況に、、、、、、
長女が彼氏とお見舞いに来る。パジャマと脱毛後
必ずお世話になる帽子を貰う。

入院13日目
体温36.7度。今日から準無菌室へ移動。今までは個室+空気清浄機の
オバケの中にいたが部屋が空いたということで移動。
どうするかと思っていると看護師さんが大挙してきて部屋の荷物をベットの上に
乗せそのベッド毎の移動。本人は残り物を持って歩いて移動。
五分もかからず終了。少し部屋は狭くなる。
体調や食欲は大きな問題ないレベル。

入院14日目 治療開始8日目 2010.09.23木曜日
準無菌室は出入りが制限されるので面会は基本は家族限定とした。
また自分も外に出られない。部屋の中にトイレがあり自由度
がある刑務所暮らしというイメージ。
今日から治療法がPh+All(フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病)
向けになる。
待望のグリベックが始まる。他の薬と合わせると朝14錠飲む必要がある。
これだけ飲むのもキツイが身体は傷むのだろうなとの思い。
点滴関係は一時間で終了。今日のところは副作用らしき兆候は見られない。
入院15日目 治療開始9日目 2010.09.24 金曜日

朝体温36.5度 採血実施。
今日は本来であれば一年に一回の人間ドック受診予約日であった。
もしこの日まで我慢していたらどうなっていたかを思うと少し怖い。
血液検査結果 白血球数 0.3 ヘモグロビン 6.9 血小板数 22
治療効果で白血球数が減少している。
ヘモグロビンも下がっているので明日輸血するとのこと。
食欲はあるが肛門痛がはじまる。
この治療中は口内炎や痔に悩まされる人も多い様だ。

入院16日目
朝体温36.2度
食欲はもあり夜はきのこカレーを買ってきてもらい完食する。
体調は肛門痛以外は以外と問題ない状況が続く。
肛門が痛いのにカレーとは我ながら無茶なことをしていたと思う。

記述は丁度4年前です。4年後違うガンで入院手術しているなんて
当然予想していませんが、今後何年生きられるかとは考える時が
ありました。今はいろいろあったけれど、4年間生長られたので
別の病気にも罹るんだよ、違う経験もできるんだよと
思い込ませています。

再燃(再発)だと気持ちはどうなのでしょうか。
確かに再燃は絶対したくないけれど多くの人が再燃している
という状況は知っているんでやはりと思うのでしょうか。
前回の白血病の治療や移植の辛さを体験しているのでもう嫌だ
という思いが強いのでしょうか、
再燃のほうが5年生存率が下がる、初発より年齢が加わっている
(私のようなおじさんには大きな要素です)というようなデータ
を知っているので府亜案が大きそうに思います。

白内障 症状、手術とその後

今年(2014年)4月位から視力が落ちたように感じる。
それに加えて全体が曇ったように見える。
明るい方向のものが全く見えない。
車は運転しないが助手席に座っていると信号の色も認識できない状態となる。
眼鏡かけている人は分かると思いますが常に眼鏡が曇った状態という感じです。
仕事をしていてもプロジェクタに投影されたものが一番近くに
いても良く見えない、光が差す方向に人が居ると顔が全く認識できない
というようになり、さすがにこれはまずいと感じ5月に入り眼科受診。
白内障と診断される。治療は薬では治らなため手術になるとのこと。
ただしその眼科では手術自体は設備がなく出来ないので
他の病院を紹介するという説明。
であるならば、別の日帰り手術が可能な眼科を探して6月に入り行く。
やはり両眼白内障で矯正視力でも0.07位しか出ないので
早めに手術した方が良いとの事。
二つの病院で同じ診断結果で同じ治療法を薦めるので、
手術することにして、日帰りで7月初旬手術日で予約する。
最初に右眼を行い、1週間後に左眼手術。
手術3日前から手術する側の眼に点眼、手術後は手術した眼に
別の2種類の点眼が必要と言われる。
また手術日、翌日、3日後、4日後、1週間後に通院して
術後の状況を見るということが2回必要で日帰り手術と言っても会社に
行っていると休みを多く取らないといけないので結構大変です。
またその後は週1外来、少ししてから2週に1回から月1の外来が
当分必要ということで会社員の人は土曜日に見てくれる眼科
で手術すべきですね。

手術日はその眼科では火曜日午後のみでした。
まずは右眼、手術の1時間前に行って目薬をつけて手術を待ちます。
昼食は少し軽めにという事だけでその他は事前には特に
制限はありませんでした。
そして手術、時間は20-30分だと思いますが、常に強い光が当たっている
ので頭が疲れます。麻酔が効いているので痛いとかは感じませんでした。
その日は眼帯をして帰宅。普通に食事可能ですが風呂や洗顔はNG 。
次の日の朝一で外来に行き、眼帯を外されます。
取った瞬間に裸眼の視力回復を感じました。
でそれよりも一番の違いは色がくっきりです。まだ左眼は白内障のままですので
片目ずつ交互にものを見ると違いがはっきり分かります。
青空は青い、赤信号は赤い、白いという事は
こういう事かというのが再発見というか思い出しました。
左眼手術までの一週間は片目づつの手術なので使用前使用後
の状態を経験しました。
メガネの度数が合わなくなったこともあり、左右の目で
見え方が違うので頭痛もありました。
そして左眼も同じような段取りで手術。当然すぐに良く見えると期待して翌朝外来。
眼帯を外しても今度は全く見えない。手術前と同じでこれは手術の失敗ではと感じる。
先生の診察では手術自体は成功している。1週間ぐらい回復にかかる人も
居るので様子見しましょうとの事。
翌日は左眼が痛く開けられない状態でより不安になる。
結局は手術後3日目くらいから少しずつ見え出してきたので安心する。
良い方を先に経験すると少し悪いと深刻に考えてしまうのが人間です。
結局裸眼視力も0.4程度までに回復したので逆に今までの眼鏡では合わない
というより裸眼の方が良く見える位になる。
視力回復も手術後徐々に進む場合もあるので新しい眼鏡は
手術1ケ月後以降でと言われる。
流石に不便なので3週間位後の診察時に先生に言うと、
今作るのなら無駄になる可能性があるので安いので
十分という事でJINSやZoffを薦められる。
という事でレンズ費無料のJINSで作成。本来であれば
遠近両用なのであるが+5000円と時間も一週間かかるという事、
手元は良く見えるので近視+乱視用レンズで作成。
これだとフレームだけの金額で時間も30分で出来ました。
落ち着いたらちゃんと遠近両用を作ろうと思っていたら
今回の入院で延期になっています。

これから白内障の日帰り手術を受けるという人へのアドバイスは
日帰り手術で午後手術ならばなるべく遅い時間の方が良いです。
手術が早くても遅くても翌朝には眼帯が外されので不自由な
時間は短い方が良いです。
それと手術後は5日間ほど頭を洗えないので出来れば
真夏は避けた方が良いです。どうしてもというのであれば美容院や
人の手を借りて洗髪は可能ですが
(実際私は嫁さんに洗面所でやってもらいました)
独り身の人は大変だと思います。

現在は月1の外来になりました。点眼も最初は4回/1日が回数が減り2回/1日になり
生活や仕事には不自由を感じなくなりました。
白内障で手術を受けるか迷っている人には早くやった方が良いですと言いたいです。

白血病入院21日目~23日目

入院21日目 治療開始15日目 2010.09.30 木曜日

朝体温37.0度 お尻が痛くほとんど寝れずに朝になる。胃痛はなし。
少し食欲復活も三分の一位の量しか食べられない。
先生と肛門痛の対策会議。考えてみると先生とは胃とか腸とか
口の中の状況とかの話の時間が多い。
血液内科の先生は幅広く対応出来ないと仕事にならないようだ。
白血病治療には並行して支持療法も必須と書かれていたがこういう事だと納得。
患者側も少しおかしければ直ぐに報告することのほうが良いみたい。
夕方、部長先生の回診。TVであるように数人の先生やスタッフ
を連れて聴診器を当てて少し話してあわせて五分もかからずに終了。
部長先生が帰った後、嫁さんと"何の意味もない"との意見で一致。

遂に脱毛が始まった。起き上がるとベットの上に、、、
白血病患者の必需品といわれるコロコロで掃除する必要がでてきた。
一気に抜ける様ではなさそう。徐々に来る気配。
脱毛は来るとわかっていたので、入院早早、
部屋で娘にできるだけ短く
切ってもらっていたら、目撃した看護師さん
は直ぐには抜けませんと言っていましたが
治療開始2週間過ぎに始まりました。

入院22日目 治療開始16日目 2010.10.01 金曜日
夜中下痢が続く。お尻には負荷かかりまくり。朝熱は36.7度。採血。
今日から朝の薬がグリベック以外は減り計7錠+1袋になり、
だいぶ精神的に楽になる。
大量に必ず飲まなければならないというのは
結構プレッシャーになる事を経験。
身体も少し楽になってくれれば思うと共に今の薬が効いてくれと
願いながら薬を飲む。
今日は朝6時半から点滴開始となる。今日は何本と看護婦さんに
聞くと夜10時まで入っているとのことで聞いたことを後悔。
途中血管痛痛。手を変えてもらう。
食欲復活も味覚が破壊された。味噌汁は清汁に、
かけそばの汁はお湯に、濃い味でないと認識できないようだ。
良く飲んでいた伊右衛門のお茶が不味くて
飲めない。
血液検査結果:白血球数0.6,ヘモグロビン6.1,血小板数33。
Blast:0.0 CRP:7.17。
少し白血球数は増えた(9.27時点で0.1)がまだ立ち上がるのを待つ状況。
CRPが高いのが気になる。
今から見てCRP高いですね。

入院23日目 治療開始17日目 2010.10.02 土曜日
朝体温36.9度。久々によく寝れた。オシリと味覚以外は至って正常。
先生とはオシリ対策論議。薬をまた変えてみましょうということに。
点滴開始。10時開始19時終了。食べれないと点滴量が増えるで
味覚破壊の中で
毎日食べれるものの研究に余念がない。
甘い味は感じる。ソース味は感じる。味付けの濃いものに絞られる。
基本形は以下の様な感じ。
朝:バナナ、プリン、カステラ、牛乳、味噌汁. 出てくるごはんはパス
昼:病院食をごはんからそばにしてもらいそれに独自に醤油追加。
夜:パスタやソース焼きそばを買ってきてもらい食べる。
それにスープやインスタント味噌汁。病院食のおかずで
口に合えば少したべる。
飲み物は試して見ないとわからない試行錯誤中。
ヤクルトは美味しく感じた。
とにかく少しでも量がとれる様にすることを優先する。
(実はヤクルトは駄目だったんですね。
その後、移植後にもおいしく感じて飲んでいたのですが、
ヤクルトって乳酸菌だからNGですと言われ没収されました。)

歯肉がんと手術後(1)

歯肉がんの手術後の経緯です

手術4日後 2014.09.21 日曜日
口内の出血が止まらず、痰も出て、
ちなみに飲み込むこともできず(飲料も喉が痛く)ダメ。
従ってティッシュに都度吐き出すのだが回数が1時間に
10回位必要。影響が大きく長い時間続けて寝られない状況。
また1日でティッシュ3箱以上必要な状況になる。
午後になると38度越えの発熱が出て座薬のお世話になる。
痛みや腫れはまだあるが徐々に引いているのは事実。
手術3日目は眼まで腫れが来て右眼が開けられない
ところまで来ましたがこれも治ってきました。
栄養は鼻から入れたチューブ経由の流動食
で1日1200Kcalを入れる。
朝血液を採って血液内科の先生に結果を見てもらう。
また、白血病関係の飲み薬が飲めない(水分も口から摂れない
ので、錠剤は絶対無理な状況)なので、毎食測っている
血糖値(その後インシュリン注射)に関係する糖尿病薬以外は
水に溶かして流動食と同じように入れてもらうことにした。

手術5日後 2014.09.22
前の日同様な状況が続く。出血や発熱あり、座薬のお世話になる。
良くなるイメージが見えなくて元気が出ない。

手術6日後 2014.09.23
午前中は前日と同様な状況も
午後から口からの出血は止まり、
夜には口から飲料も飲むことも
苦痛がほとんどなくなる。
また抗生剤の点滴追加がなされた効果か
発熱も午前中に37度後半になるもその後平熱に。
ただしこれも新しい日2回の抗生剤投与後から
随時血糖値が400越えの時もあり、心配が増える。
夕方主治医の診察を受け、飲めるようになったので
明日午前中にも鼻から入れている栄養チューブを抜いて
口からの飲食物の摂取にしましょうということに。
術後の部位自体は大きな問題はなさそうということ。

手術1週間して最悪期は脱出したという感じがしてきました。

白血病入院24日目~27日目

入院24日目 治療開始18日目 2010.10.03 日曜日
朝体温36.8度 食欲復活も味覚ダメダメ
食べて味わえるものを選んで食す。
点滴が落ちない。点滴針を入れ換えてもらう方が良さそうだが、
今日は急患が多く担当の先生がなかなかこれないので腕を温めるながら無理矢理流す。
脱毛進行状況:どうやら両サイドから進行している。上と後はまだ頑張ってる。
髪の毛を触るたびに10本以上落ちてくるという感じ。
ヒゲは伸びなくなった。新しいもの生えてこないので剃っていないが前日と同じ状況。

入院25日目 治療開始19日目 2010.10.04 月曜日 ★クリーンルーム解除
朝体温36.5度。採血実施。朝お腹が空いて目が覚めた。食欲あり。
血液検査の結果
白血球数2.2,ヘモグロビン7.7,血小板数93,Blast0.0,CRP1.67 Seg68.0
先生より白血球数が上がった、善玉の白血球が増えているので
今日から部屋の外に出でも良いですよとの許可がでた。
寛解になっているかは治療四週目にマルクをして調べるとのこと。
夕方二女と共に廊下を散歩。二週間ぶりに歩ける幸せを感じながら一周。
外歩きには用意していた帽子が必需品となる。
外見上もあるがボロボロと抜けるのでなにもしていないと廊下中
に落としまくることになるからである。
これからは体力を戻す為に意識して歩く時間を増やす事が必要となる。

入院26日目 治療開始20日目 2010.10.05火曜日 
朝体温36.7度。朝にならないと熟睡出来ない。体内時計が狂い始めているかも。
体調的には問題ない、オシリは完治には遠いが最悪時を100とすると30位まで回復。
食欲はある。味覚は少し戻ったようでもあるがまだ完全ではない。
シャワー中に新発見。髪に毛はどめどなく抜けて行くが手で顔を拭うとヒゲがついてくる。
これぞまさしく手動髭剃り器完成。面白いので何度も顔を拭う。
クリーン解除で昼前後に2回に別けて音楽を聴きながら病棟をウォーキング。
あわせて一時間位。久しぶりであるが特に問題なく終了。
先生と今後の予定を再度確認。木曜日血液検査。
来週水曜日マルク。木曜日の数値が良ければ週末一次帰宅
を検討して見ましょうという事になった。
また点滴は今日までにしますとの事で夜の点滴終了後針を
抜いてもらう。両腕ともに針がはいっていないのは久しぶり。
点滴と採血で腕はボロボロ、、、、、

入院27日目 治療開始21日目 2010.10.06 木曜日
朝体温36.7度 ひどくはないが下痢気味の為夜は熟睡出来ず。
朝になり少し寝ることができた。
今日から投薬は朝六錠(グリベックのみ)と三食毎後のビオフェルミン(粉薬)のみとなる。
先生より状態も良く、外泊(入院中の泊り外出)出来そうなので
大部屋(四人部屋)へ移動しましょうということで木曜日午前中に
お引っ越し決定。クリーンルーム解除後も部屋はそのまま準無菌室(個室)に
いたため荷物が多すぎるので午後妻に最低限の荷造りをしてもらう。
今日も午前、午後合わせて一時間以上の廊下散歩。
夜少しふくらはぎが痛くなる。
水曜日は体重測定の日。結果は先週と変わらず。それなりに
このところ食べる事はできているからか。味覚は改善
していることは確かであるが完全に戻って居るかはわからない。
いつもたべているものを食べてみないと比較出来ない。
日中は下痢も収まりそれこそ病院に居る必要を感じず、
体調は良好という一日。外を歩きたいと思うようになる。
この一ヶ月で完全空調の中で過ごしている
ので暑さ、寒さや季節感を味わえていない。こんな気持ちになるのも
復活気味である証拠かもしれない。

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