プロフィール

tomoasa

Author:tomoasa
1957年12月生まれのおじさんです。
2010年9月急性リンパ性白血病。フィラデルフィア染色体異常あり。寛解導入療法により寛解を得て、2011年春骨髄バンクから骨髄移植。退院後も出血性膀胱炎や肺炎による3度の入院を経験。2013年6月2年9ケ月ぶりに復職。その後も2014年7月両眼白内障となり手術(日帰り手術)。
2014年8月口腔がん(歯肉がん)と告知される。2014年9月手術。2014年10月初旬退院。
2014年12月紅皮症となり入院。12月末に退院。
2015年7月入院(気管支炎)、2015年9月肺炎により入院。
移植後も体調不良により入退院を繰り返しています。

又生まれた時に股関節脱臼。
整形外科に定期的に通っています。


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白血病入院40日目~41日目

入院40日目 治療開始35日目 2010.10.19 火曜日
朝体温36.4度
水曜日午前中にルンバールがあり、その後は安静にする必要があるとのことで、
今日は散歩を多め(2時間位)にし、午後シャワーを浴びる。
夕方、薬剤師さんと会話。味覚障害と手の指先の
痺れが治らない原因を聞く。
毎日飲んでいるグリベックかなと思っていたら回答
は抗ガン剤の"オンコビン"との事。
神経系への副作用で一ヶ月くらい続く人もいるとか。
オンコビンの点滴日を調べて見ると治療開始
1日目、7日目、15日目、22日目。
最後の点滴からもうすぐ2週間経つがいまだに副作用というより
後遺症に近い症状が出ているということは
抗ガン剤の強力さを改めて実感。
また原因がグリベックでなく一安心。
どちらも時間はかかるが徐々に良くなるでしょうとのこと。
そう言われて夕食のざるウドンのつけ汁が少しだけ味がある様
に感じたのは気持の問題だろうか。
言葉で元気がでるとか勇気づけられるという事
はこういうことなのかもしれない。

入院41日目 治療開始35日目 2010.10.20(水曜日)
朝体温36.5度 体重測定日 先週に比べ+1.3kg
入院前の体重が近づく。少し食べ過ぎか?
午前中初めてのルンバール。腰椎穿刺のことである。
脊髄に直接針を刺し髄液(脳脊髄液)をとる。
その際抗ガン剤を直接注入する。
ルンバールは中枢神経に白血病細胞が入り込んでいないかを調べ、
その影響で脳にも影響がでる患者もいるので
合わせて抗ガン剤も直接入れる。
(髄液と骨髄液は別のものだと調べてわかった。
一部間違った認識している人がネット上には存在してるので
余計に混乱、まだまだ勉強が足りない。
脳脊髄は脳から続く神経組織。
骨髄は骨の中の組織ということだそうだ)
ベットに横になり猫の寝姿あるいは海老にように背中を丸めて
足を抱え込む体勢で腰から行なう。麻酔をしてから行うので強烈
な痛みはないが今回は合計で30分位かかり
エビ状態で居ることが苦痛。汗までかいた。
終了後はマルクと同様に仰向けに患部の止血とこの
治療は多くの人が頭痛が残るという事で安静を命じられる。
幸い頭痛は夜まで全く発生しなかった。
ICUの看護婦さんが研修で見学したいということで了解する。
実施前10分位時間があったので会話、
マルクの針と太さが全然違うので痛みは少ないと思いますよ
と気を楽にするような会話をしてくれる。
またこちらは専門用語勉強中であるので
外国語の覚えたてのようにやたら使って会話が成立することを楽しむ。
午後先生から中枢神経に入っていないことを告げられ一安心する。

4人部屋は先週末から3名であったが火曜、水曜で1名ずつ
退院と思ったら一気に3名が新しく入院。
初日はオリエンテーションや付き添いの人が居るので
コミュニケーションは取れて居ない。
夕食後、同期かつ同僚のOさんがお見舞に。遣り残していた仕事
について話すが40日はなれていると思い出すので時間がかかる。
明確に回答できない部分があり申しわけなく思う。
久しぶりに家族以外と話すと時間が短く感じられる。
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歯肉がんの手術後(3)

歯肉がん手術のその後

歯肉がん手術11日後 2014.09.28
前の日の夜良く寝られず睡不足状態。
白血病の入院時から眠れないのは体が
睡眠を欲していない。
もう起きていても大丈夫な体だよと教えてくれている
と思っている。
また入院中は昼でも寝れるので本当に寝る必要が
あれば寝る時間はある。
というような勝手な解釈で、睡眠剤は一度も使っていない。
首の後ろが痛く寝る姿勢も限定される。
看護師さんは痛み止めをしきりに進めるが、今回は拒否。
耐えられる痛さの範囲である時は耐えるという主義。
理由は鎮痛剤を使っている間に他に痛いところが出ても
気づかなくなるという点。
早めに色々な痛みが分かるように鎮痛剤は限界まで飲まない
というこれも勝手な解釈。
相変わらず口が大きく開けない、下唇がしびれる。
口の中が腫れているということから
食べずらい状況は相変わらずで5分粥から脱出できず。

歯肉がん手術12日後 2014.09.29
前の日の睡眠不足があったのでこの日は
入院後初めて夜熟睡。
朝になっても眠く朝食後再びベッドに。
朝一に採血。昨日まであった朝の点滴は今日
入っていないとのこと。でも10時くらいに追加で来る。
寝たい時に寝れるというのが入院中の唯一の楽な点。

患部(右下あごから頬にかけて)の腫れがまだある。
化膿部分がまだあるという状況。
また口が大きく開けられなく食べることが困難である状況は
相変わらずで5分粥からまだ脱出できない。
診察があり化膿部分の膿を出してもらう。
これが治れば退院日程が示せるとのこと。
今週末までには出れると思いますがという事のよう

歯肉がん手術13日後 2014.09.30
発熱なし。
午前中に歯科口腔外科受診。
化膿部分は大分良くなっているので
木曜日退院で土曜に通院というスケジュールがだされ、
同意する。またすべての抜糸を行う。
点滴からも解放され、これから復帰に向けて
少し歩くことをしなければならないと感じ3000歩ほど歩く。
口は相変わらず大きく開けられないが、
これは開ける練習が必要ということのようです。

歯肉がん手術14日後 2014.10.01
発熱なし。体自体は問題がない。
朝一に歯科口腔外科診察。
化膿部分の消毒がメイン。
明日の朝もう一度診察するのでその後
退院としましょうということで明日の退院が正式決定。
この日は計5000歩くらい歩く。
白血病のリハビリ時に気づいてその後実践していますが、
病院内を歩くのであればスリッパではなく外出用の靴を履く。
案外靴の重さがあるので外出後の歩く時に
ギャップを感じたので、できるだけ入院中から靴を履いて
歩くという事を心掛けています。


白血病入院42日目~45日目

入院42日目 治療開始36日目 2010.10.21 木曜日
朝体温36.5度 今日は定期的な採血日。
入院当初に撮影したCTで気になるところがあるとのことで
造影剤を入れて午前中に再度CT撮影となったため朝食は抜き。
夕食18時で朝食は抜きは健康体にはこたえる。
かつ朝の薬は予定どおり飲む必要がある。その後少し歩くと
気持ちが悪くなり検査迄ベッドで横になる。
先生に伝えると今は薬の量が多いのでこうなる可能性が
ありますが休んでいれば大丈夫との答え。
これから朝食抜き時の行動マニュアルに追加する必要がある。
10時に検査が終わり速攻で売店に行き
サンドイッチを買ってお腹を満たす。
今日の採血は一回で成功したがその後患部が腫れて来ている。
このところ採血との相性が良くなく少し採血恐怖症になりつつある。

血液検査結果
白血球数3.2 ヘモグロビン8.2 血小板数305 Blast0.0 Seg92.0 CRP0.09
数値的には月曜日とほぼ同様の状況を維持している。
CTの結果も患部(左腰から足の付け根あたり)は過去のもののようで
前回調査から悪くなっていないので今後に
影響するものでは無いでしょうとの見解。
自分で考えても痛くなった心当たりが無い箇所である。
転院予定先病院からの連絡は今のところ無し、
金曜日に来たとしても週末の転院はないのでこのまま連絡がなければ
金曜日の夕方から日曜日夜迄家に帰る予定。
病院がセカンドハウスになって週末だけ家に帰る生活が定着しつつ
あるがこれも転院まででその後はどうなるかわからない。

入院43日目 治療開始37日目 2010.10.22 金曜日
朝体温 36.3度
今日は検査もなく朝の薬だけであるので朝から午後にかけて
病院内を歩きまくり。2時間以上徘徊する。歩いた後の疲労も
感じず健康体であることをうれしく思う。
転院先から連絡もなく、主治医も所要で本日不在のため16時
に病院を後にして自宅へ。(外泊理由は気分転換)
ビールは相変わらず水に苦いものが入っている飲み物になっている。

入院44日目 治療開始38日目 2010.10.23 土曜日  外泊中・・・・・
最近それなりに病院でも睡眠時間は取れていると感じていたが、
家だとお酒の協力ももあり夜起きることもなく爆睡。
病院での眠りは浅い部分があることを再認識。
午前中に両親が来て昼食は久しぶりに一緒に外食。
入院後最も長い2時間以上の外出となったが歩い
ていると階段や段差が思いのほか気になる。
意識しないと躓きそうになる。
お年寄りが家の中で転倒するということが少し理解できる。
普段病院内での散歩は平坦部分のみであるので階段の
登り降り等を少し組み入れたほうが良いと感じる。
午後は外出のお疲れモードで昼寝となった。

入院45日目 2010.10.24 日曜日
19時半に外で夕食をとってから病院へ戻る。
外は冷たい雨となっていた。外出する度に季節変化を感じる。
病院の中では9月10日の入院以来、昼はパジャマ一枚、
夜寝る際も掛け布団一枚の生活である。
病室の温度は25度前後に管理されており、季節感や
日々の温度差に影響されることはない。
唯一実感するのは病院へ来る人の服装が明らかに
変わって来ている点である。
就寝前の検温で36.8度となっており、
別になんのことはないが最近ずっと36度台半ば
であったので少し焦る。
体調面での自覚症状はないが大人しく早めに寝ることにする。

白血病入院46日目~48日目

入院46日目 治療開始40日目 2010.10.25 月曜日
朝体温 36.3度。採血。発熱はなく一安心。
土曜日の外出時の反省から今日の散歩から以下の変更を実施。
(1)靴を履く。 今まではスリッパ
(2)階段の上り下りを追加
(3)病院の敷地内であるが屋外を歩く

靴の重さに慣れる、負荷をかける、段差があることを意識することが目的。
7Fから下りる分は問題なかったが帰りに階段を上がる時
に息切れ発生。途中で小休憩を入れてやっと戻る。
やはり運動出来るまでの体力は無いことを実感。
病院内を散歩中、先週迄まで同室であった人(腰の手術をされた方)
と偶然再開。外来日とのことで杖もつかず通院。
今日の診断次第で水曜日から会社へ行くとのことで予定どおり
回復されているようだ。退院時、両方ともパジャマでの再会
だけしないようにしましょうと話しており、
今度は私が私服の時に会えればと思う。
血液検査結果
白血球数 2.3 ヘモグロビン8.5 血小板数269 Blast0.0 Seg77.0 CRP0.02
特に変化はない。また転院先からの連絡もまだない。
寛解導入プロトコル上の投薬は治療開始42日目まで
であるのでこのまま転院が決まら
なければどうするかを先生に確認。
飲み続けても問題のない薬なので薬はだけは
継続しましょうとの説明を受ける。

入院47日目 治療開始41日目 2010.10.26 火曜日
朝体温36.5度
午前中に日課の散歩。今日も階段での7階までの
登りは途中で休憩が必要な状況。
昨日からのルーチンの変更により足に筋肉痛発生。
これは負荷をかけているので当然の結果である。
午後も外に出たが気温の低下を感じ早々に院内散歩に変更。
先生宛に転院先病院から連絡があったそうで、予想どおり
ベッドがなかなか空かない状況であるが、来週の頭位には
何とかしたいとの事。病院側都合で退院患者をある程度
コントロールしている部分もあるようだ。
体調は継続的に良好で普段の生活をすることに不都合はない。
この病院の入院患者の中でも一番の健康体ではないかと思う。
但し、味覚がおかしい(少しずつ改善の傾向ありも継続中)、
指先の痺れ、トイレの回数が多い点が、現時点で
治療の副作用(後遺症?)として残っている程度である。

入院48日目 治療開始42日目 2010.10.27水曜日
朝体温36.4度 週一の体重測定日 先週からの増加はなかった。
先生と今後の治療に関しては議論というより
疑問点や不安をぶつけてアドバイスをもらう。
前から書いている様に今後の治療方針は転院後
の主治医とで決めることになるが今まで看てもらった
先生がどの様な意見を持っているかを聞きたかった。
先生からは移植に関する情報(製薬会社のHPに豊富にある)を色々もらう。
一番聞きたかったことは先生が私の立場に立った場合、
移植を受ける前提で今後の治療を進めるかどうか?
また その答えに対する理由は何?
先生の意見としては、今判断するのであれば移植を前提ですすめる。
理由は
(1)新薬を含めて投薬治療は寛解期間を長くするのは確実であるが
長期的にみると再発可能性が高い事が最新のデータで出ている。
(2)再発後の移植成績は極端に落ちる。
長く生きる確率が移植の方があるので早めの移植を選択しますとの事。

その後自分の中で以下の様にまとめた。
短期(中期的)には治療中のQOL(QualityOfLife)の問題
で投薬に比べて移植は治療前の苦しさ、治療後のリスクが高く、
治療中の生活の満足度をどう考えるかの問題。
長期的にはどの治療法が生存率が高いかと移植後のQOLの問題。
短期、中期と長期を両方満足させる解がないとすれば、色々なデータ
や先生からのアドバイスを聞きながら最終的に個人の考えかた、
価値観で決める事になる(プラス家族の考え方ですね)

歯肉がんの手術後(4)

歯肉がん手術15日後 2014.10.02 ★退院
午前中に歯科口腔外科受診。
午後一に退院。帰宅。
9/16入院、9/17手術、10/2退院です。
途中化膿しての発熱がなければもう少し早く脱出
できたと思われます。
退院と言っても今後は通院レベルで対応できるという事で
入院している必要がないという意味。
血液内科における退院のクライテリア
決めとは大きく違うと感じる。
実際まだ食事は5分粥なのに退院できるなんて
白血病に比較して緩くて良いなと感じる。
午後は休息。夕食は病院食ではないので
それなりに食べることができた。
体重計に乗る。入院前よりほぼ3Kg減。
予想よりは体重減少は少なく少しホッとする。

歯肉がん手術16日後 2014.10.03
朝起きて問題がなかったので、会社に行く。
ほぼ3週間ぶりの出勤。
問題はまず通勤ができるか?
朝のラッシュを避けて6時頃に家を出て無事会社へ到着。
次は何を食べるか?
柔らいパンを千切って食べる。その後口腔ケア。
仕事は溜まっているメールを読む、この3週間の出来事
を理解するだけで1日が過ぎる。
少し早目に退社して帰宅。
とりあえず問題なく1日を過ごしたが、やはり
少し疲れ気味。

歯肉がん手術17日後 2014.10.04
午前に歯科口腔外科外来受診。
結構混んでいて2時間ほどかかる。
入院中のファストパス状況に慣れていたので
少し待ちくたびれる。
手術後の経過は問題なく来ているとのこと。
今後については、まだ退院直後なので
来週は2回の外来で様子見。
その後レントゲンやエコー検査等を
定期的に行うという事になりそう。
口はまだ大きく開けられないが、口に
入れば何とか食べられるので
パン、パスタ、焼きそばからスタート中。

白血病入院49日目~50日目(退院)

入院49日目 治療開始43日目 2010.10.28 木曜日
朝体温36,3度 木曜日は採血日。
午前中の先生との会話で状態も良く、
朝薬を飲むだけなので退院して転院まで自宅待機
という選択肢があるがどうするかの相談を受ける。
薬は一週間分持ちかえる、転院していない場合は
来週火曜日に外来で血液検査を行なうことにして
明日(10.29)朝に退院することにした。
この病院では丁度50日間の入院生活となった。
ということで明日からお呼びがかかる迄自宅で過ごす。
次の治療に耐えられる体力をつけておく必要あり。
血液検査結果
白血球数1.8 ヘモグロビン8.9 血小板数222 Blast0.0 Seg63.0 CRP0.02
月曜日に比較して白血球数は減っているが先週
の髄注の影響があるのではとのことで、自宅でも無理
をしないようにすれば問題ないレベルであるとのこと。

入院50日目 治療開始44日目 2010.10.29 金曜日 ★退院
転院先から連絡があるまで、自宅で待機する
ために午前中に退院手続き
(支払い、退院証明書受けとり、退院後の薬の受け取り等)を行い、
車でむかえに来てもらい昼前に家に到着。
家にいると寒さを体感。
今日も現時点で転院先の病院から連絡がないので
早くても来週火曜日以降の再入院となる。
少し期間があるので体調維持を最優先で考えることにする。

緊急入院から丁度50日目の退院でした。

体にはいくら感謝しても感謝しきれない

白血病の辛い治療、その後も体調の不良が続く。
自分の体はこれらを真っ正面から受け止めて、
闘っている。

最初はもう少し体が強ければこんなに
事にはならなかったのにとか、治療もこんなに
辛くないのにと考える自分が居た。

でも病気になったのは体が弱かった
からでは訳ではない。
治療が辛いのは体が弱いためではない。
全ては運が悪かっただけである。
それに体が強かったから骨髄移植前の
そのままでは死に至るような過酷な
前処理が受けられたんだという事。

病後一番負担がかかっているのが体。
じっと耐えてくれている、勇敢に戦ってくれている。

感謝する以外ない。
十分労わってあげられないと謝るしかない。
ありがとう自分の体。

痛ければ早めに痛いと言ってくれ、
耐えられないようならば痛み止めをもらうから・・・
これからもよろしく。

寛解導入治療入院時の振り返り(1)

7週間(50日間)の入院を振り返る。その時々に何を考えていたかも記す。

★入院1週目
突然の強制入院、病名告知。最低でも3ケ月の入院が必要と言われる。
家族や会社への連絡の実施。仕事の引き継ぎを考える。
体調は治療前なので37度台の熱が出たり、出なかったりで
入院前と同じであるが安静にしている分辛さは少ない。
考えることは、どうして、なぜ、今後どうなるのかというような事ばかり。
でも何れも結論がでるものではなく、きちんとした考えを持てない。
病気の内容も治療法に関する知識もなく、説明も詳細は理解ができない。
輸血や色々な検査も始まるが、言われるがままに動いている状況。

★入院2週目
詳細な病名告知と共に今後の大枠の治療方針が示される。
既にこの時点で移植が主たる選択肢となるので転院が
前提となると言われる。(今の病院では移植はできないので)
治療が始まる。最初は白血病共通の治療。
抗がん剤の点滴と同時に輸血、合わせて大量の投薬。
治療による血糖値の上昇もありインシュリンの注射も始まる。
体調は2週目の中盤に副作用が出て食べられない時期があったが
終盤には回復。この程度の副作用ならば問題ないと思っていたが・・・

iPadの入手により病気に関する知識が得られるようになったが、
この頃は病気の中身に関しては表面的な知識のみで
主に闘病日記を読む。期間の長さや治療時の辛さがわかる。
また記載していた本人が亡くなり、最後に親からコメントがあったり、
妻が夫の最後を看取る等、気持ち的に落ち込む内容のものを
熟読してしまう傾向があり、自分の気持ちも不安のほうが
多く沈みがちになる。

★入院3週目
治療により白血球数が低下してきているので、
準無菌室(クリーンルーム)に移動して治療継続。
部屋の外に出ることも禁止、面会も制限となる。
治療法がPH+ALL用に変更になり、投薬(グリベック)
が追加される。
副作用のため体調面が最悪になる。起き上がることも
キツイ日も、また食べる事ができないと水分補給を含めて
点滴量も増える。この週は本来治療の投薬と点滴に加えて,
発熱、胃痛、肛門痛等々・・
抗生剤や輸血や水分補給の点滴等終日治療されている
印象しかない。また点滴や採血で腕が悲鳴を上げている状況。
気持ちは副作用や感染症が強く出ているので早くなんとか
してくれと願うばかり。他の事を考える余裕はない。
この週丁度主治医が夏休みで居なかったのも、色々な痛みに
適切な対処が取れなかった一因かもしれない。
その前の週からおかしかった点が伝わってなかったこともある。
また少し調子が悪いと感じたら我慢せずに早めに
伝えることの重要性を痛感。後からだと痛みや辛さが増す。

★入院4週目
体調にかかわる副作用が徐々に収まり、食事も少しずつ
出来るようになってきた。そのかわりついに抜毛が始まる。
治療は数値的には順調に効いているとのことで安心する。
後半にはクリーンルームを出て院内を散歩する許可が出た。
これまでの治療で体重が落ちている。食事量のみでなく、
監禁状態で筋肉が落ちていることも明らか。

気持ち的に少し余裕ができ、今回のことをNet上で
日記で残すことにし、これまでノートに記載していたこと
をUpし始める。毎日の日記記載も日課に加わる。
また、今後の長い闘病生活を考えると、この病気に対する
知識や治療法をより勉強することが必要と感じ始める。

★入院5週目
4人部屋へ引っ越し。
今までの血液検査の結果で良い数値であったので
外泊許可も出て、体調的には自宅に居ても問題ない
レベルまで回復。治療も朝の薬のみとなり体も楽になる。
可能な限り散歩で足の筋力をつける。
外泊時食べたい物を食べて体力をつけることを考える。
まずは今までに落ちた体力の回復を一番に考えていた週である。

4人部屋で会話も多くあり割合退屈せずに過ごす。
また精神的も安定してきている。
後半にはマルク(骨髄穿刺)をして正式に寛解であることが
告げられる。現在は寛解率(寛解状態になる人の割合)は
8割から9割くらいあるので当然と言えば当然の結果である
が安心する。
これで次の治療ステップに進める権利が得られた。

★入院6週目
転院予定先へ外来で診察。
ベッドが空き次第転院して、治療の継続と移植のため
の準備に入るのが良いとの結論で入院手続きを行い、
連絡待ち状態とする。
入院先に戻り、主治医と相談。当面連絡があるまで
入院を続ける。週末は外泊することを基本とすることに決定。

体調、食欲共に復活。発病前の健康体に近いのでは
ないかと思えるほど。
逆にこれ程の体調であればこのまま直るのでは
ないかと思えて、移植の必然性やリスクをどう
考えるをテーマに考える時間が多くなる。
また病院がかわり、当然主治医が変わることに対する
不安が出る。転院前にこの病気のことを勉強して、今後の
治療に関して今の先生と少し論議(意見を聞いて)から
転院したいと考えて知識習得に励むことにし多くの時間を割く。

★入院7週目
普通に生活できるレベルの体調。仕事にも行けるのではな
いかと思える。入院患者の中でも一番健康でないかと感じる。
一日2時間ほどの散歩に階段の昇り降りを含めて実施し、
筋肉痛になる程。病院にいるほうがカロリーコントロール
できると思っていたが食欲がありすぎて色々買って
食べるので食べすぎ注意報発令。

治療に関しては先生の回診の時間を使って、今後の
移植の有効性やリスクに関して話し合う。
先生も丁寧に回答してくださり、追加で色々資料も貰う。
今後の治療の方向性に関しては自分自身である程度の
結論を出すことはできたが、新病院での方針やデータを
聞いて、最終的な判断をすることになると思われる。

あまりに転院先から連絡がないのと健康体なので、
一時退院して自宅待機に切り替えることが先生から
提案され同意する。
次の治療へ向けての充電期間として考えて自宅で
過ごすことにした。

白血病になったのが自分で良かった

50歳を過ぎての白血病の発病。
発病原因は不明。
医者からは運が悪かったという
一言だけで後は直すことだけを
考えて下さい。

と言われても、なぜ今自分がとか、
なにが悪かったのだろう
と考えざろう得なかった最初の日々。
治療が始まり、どうしてこんなに
辛いんだと苦しみ、
こんなに辛いのだから死ねない、
生き延びるんだという気持ちが
出始める時期。
免疫力低下の問題とか抱えながら
病気の前に少しでも近づきたいと
思うようになる時期。
できるだけ普通生活をできるよう
になりたい、でもいくつかの障害は
残りそうだから、それらと
今後ずっと上手く付き合って
いこうと考える日々

というように時間とともに考え方
が変わっていった。
その中で最初思った
どうして俺なのか、
どうして今なのという事について書く。
ここは大きく考えが変わった。
運次第なのだから、家族の誰かが
なるのだったら自分で良かった。
自分がなったことで家族が白血病
になる確率は低くなるよなと思う。
(確率論ではこの考えは意味が
ないとはわかっているが
勝手にそう信じて納得させている)
若い時の発病であればこれからの
人生をどうするのか
30-40歳台なら家族をどう養うか、
仕事はどうなるとかの大きな
問題をかかえたはず。
50歳を過ぎて子供たちも結婚を前提
として付き合っていた。
会社の理解もあり長期の休み
をもらえた。
もう少し齢を取っていれば、
体力も落ちて、
治療法も制限されていただろう。

そう考えると俺で良かった、
この歳で良かったんだと思うように
なった。

実際は無理やりそうとでも思わない
と長い治療で心が折れます。

寛解導入療法で出た症状をまとめる

緊急入院、寛解導入療法の間に出た
体の諸症状をまとめておく。
(これは退院時に記したものです。)

(1)頭髪が抜ける。ヒゲがはえない。
三週目位から抜け始める。
そのタイミングでヒゲを剃る必要がなくなった。
(2)手の指先の痺れ。
常に痺れている。箸を持つ事は問題ない程度。
(3)発疹。赤いブツブツが身体に出てきている。
特に腕、お腹、背中。痒みは感じない。
(4)味覚障害。
自分は味付けの濃いものでないと感じない。
味噌汁は澄まし汁に、
ソース焼きそばは味が濃いので美味しく感じる。
(5)ふくらはぎの痛み。
(6)喉の痛み。飲み込む時に少し痛い。
退院一週間前からであるので副作用かは不明。
(7)下痢。
退院一週間前まではかなりあったが
退院後は落ち着いている。
先生曰くこの病気は便秘になるよりも
下痢気味の方が細菌が体内に繁殖
しなくて良いとのこと。
便秘になったら飲む薬を渡されているが
今まで飲む機会なし。
以上が退院時でも自覚している症状。

以下は退院した今はないが経験したもの。
(8)発熱。やはり40度近くなるとキツイ。
(9)肛門近くの痛み。二週間以上悩まされる。
現在はほぼ回復。
最初は内痔ではと思っていたが今から
思うとどうも違うような気がしてきた。
まわりの何処かが痛かったのではないかと。
薬も効かなった理由もわかる。
先生にも正確な情報を与えて
いなかったのでミスリードした可能性あり。
(10)胃痛。
かつてないような相当な痛さだったが
点滴で半日で解消。その後全く症状なし。
(11)吐き気。
実際にに吐いたのは一度のみ。
現在は問題なし。

その他として
(12)怠さ、疲労感 この病気と治療中には
つきものなので別格でランクインさせておく。

色々ありました。

寛解導入治療入院時の振り返り(2)

寛解導入治療の入院生活を振り返る 
その2

幼稚園入園前に入院経験があるが、
入院中の記憶はあまりなく、
ほぼ初入院体験で知った事、
印象に残った事を記す。
お見舞いに行く位ではわからない事が多い。
特に印象が大きかった三点について書く。

(1)インフォームド・コンセントの徹底
医者が勝手に治療を進めるということはなく、
患者に対する説明が丁寧に行われている。

入院前に病気に関して不利益な事やリスクに関し
直接本人に話して良いかの確認があり、
Yesとすれば検査結果も判明次第
直接聞くことができた。
また、検査や治療法および今後の
スケジュールの説明があり、薬の目的や
副作用については薬剤師
からの直接受ける事が出来る。
と言っても理解するためには患者側
の知識がないと意味がない。
説明に質問できる知識が必要と感じた。
患者が病気を知ることが肝心である。
多くの場合は医者の勧めることに従う
事になるが結局治療法の選択は
自己責任であるので納得性面で知識
を得ることは無駄ではない。

(2)医療事故の撲滅のための確認の徹底
色々事故があったので患者取り違えには
敏感のようで名前確認が徹底されている。
輸血や抗がん剤の前には患者の名前の
確認(本人に言わせる)だけでなく看護師も
2名体制で点滴内容のダブルチェック
をしてから開始。
n
入院中は名前と血液型と患者IDが
記載されているリストバンドをつけていた。
主治医や看護師さんも患者の名前を
必ず呼んでから治療に入る
ということも徹底されていた。
でも24時間点滴で夜中にやられる
とちっと苦痛。

(3)食事の選択肢が増えている
出されたものを食べるしかないという
認識だったが、
食べてはいけないものはあったが、
差し入れには自由で多くの場合
食べたい物を買ってきてもらっていた。
この病気はNG食品以外は食べられ
るものは病院食でなくても良いので
出来るだけ口から食べてという感じ。
また病院内のコンビニで自分で選んで
買えることも患者のストレス解消になる。
(クリーンルーム監禁中はこれが
できないのが大きなストレス)

病院食は味付けも薄く美味しいとは
言えないが、
患者の希望を出来るだけ聞
いてくれることがわかった。
食べられないときには少しでも
食べれる物をという考えがあるようだ。
今回の病院は病院食は2つの
メニューから選択が可能であったが、
私のところには申し込用紙がこないので
看護婦さんに聞くと高カロリーは
だめなので選択自体が出来ないように
先生がしていたようである。
その割には差し入れは何でも
良いと言っていたのでここで調整さ
れていたのかもしれない…
とはいえ毎食白米は厳しいので
麺類が良いというと、あっさり
できますということで、
最後は昼はそば、夜はうどん、
朝はご飯のかわりにパンと
ご飯抜きの食事をしていた。

後で思うと移植後の食べたくても
食べられない時期に比べると
まだましでしたね。

白血病検査入院1日~2日

自宅待機期間を経て、移植予定先と
考えている病院への検査入院

検査入院1日目 2010.11.4 木曜日
9時半前に転院先の病院に到着。
手続きをして10時前には病室へ入る。
四人部屋の希望を出していたが、
空きベッドの関係で有料
(今回は都心の病院で料金が高い
)の二人部屋に。空き次第移れると
いうことだがここまでに二週間以上
待たされたので直ぐには期待は
出来そうもない。
病室のオリエンテーションと主治医
との会話から開始。
移植の為の全身検査が主の入院で、
地固め治療はこの病院でやるのと
前の病院でやるかかのどちらが
良いかを検査結果を含めて考え
させて欲しいとの事。
並行して治療が始まると思って
いたので少し落胆。
治療としては今飲んでいる薬を
継続することのみとなりそう。
従って一週間プラスアルファで
退院となる可能性もある。
もともと移植までは時間が
かかるので、現在の治療結果
からみてこのようなタイムスパン
での治療計画なのだろうと思う。

その後は検査ラッシュ。
まずは採血で八本合計40CC、
昔ならビビるが今はなんともない。
午前中にCT,レントゲン、
午後から心電図、MRI。
その間にも看護師さん、
薬剤師さんが来て聞取り
調査や同意書のサインやらで
休んでいる暇なく夕方となる。
明日も心臓エコーがあるそうです。

でも人が多い病院だ。
レベータが四基あるが検査の為
に一階まで降りのに満員のため
三回程見送り、5分間以上も待たされた。
散歩出来るスペースも無いので
長い入院になった場合は
体力維持の工夫が必要

検査入院2日目 2010.11.5 金曜日
朝体温36.6度
今は毎食前と就寝前に血糖値の
測定がある。その為あまり間食が出来ない。
この入院中は禁酒かつカロリーも
コントロール食で、少し痩せることが
できると思っているので間食は
極力がまんすることにする。
この病院は毎朝体重測定が
あるので今後の結果は直ぐに確認できる。
今までの血糖値は高い時で130台、
低い時で90台。
今のところは測定のみで治療や
インシュリンの注射をするということで
はないようである。
午前中に心臓エコー検査を受ける。
左胸が圧迫され、時間もかかるので
あまり好きな検査ではない。
今は都心のビルに囲まれた
病院の6Fなので景色は良くないが
、ディルームから東京タワーが
展望台から上の部分が見える。
夜は流石に綺麗である。
もう少し上のフロアーに行くと
タワー全体を見ることができる
ことも確認した。
それよりも個人的にはかつ
仕事でよく行った馴染みのビル
が見えるのでそちらの方に目が行く。

JALSG PH+ALL208プロトコール

私が受けた白血病治療のプロトコールである。

JALSG(Japan Adult Leukemia Study Group)とは
成人白血病治療共同研究グループのこと。
2010年度時点の治療は
JALSG PH+ALL208プロトコールに
従って、何日目にどの抗がん剤を投与する、
いつからいつまでどの薬を何錠飲むかが
マニュアル化されている。
またこの時点では臨床研究中で
病症を集めている状況。
なお最後の数値が年度で2ケタは1900年代、
2XXは20XX年からの開始のプロトコールの
命名規則となっている。
--------------------------------------------------
今までの急性リンパ性白血病の治療経緯
JALSGではALL(急性リンパ性白血病)
治療プロトコールとして、
1987年よりALL 87、 90、 93、 97と行い、
ALL202を経て2010年時点での最新はALL208。
ALL87、 90、93ではALL全病型を一つの
治療プロトコールで行いました。
白血病細胞表面に免疫グロブリンを
有する成熟B細胞ALL(B-ALL)は頻度は
少ないながらも、従来予後不良ALLの
代表的なものの一つでした。
しかし、シクロホスファミドとメソトレキサートを
多量に用いる治療法が有効である
ことがわかり、JALSGでもALL97から
この病型は別プロトコール(B-ALL97)
で治療することになりました。
成人ALLの治療成績が小児ALLよりも
劣ることについてはいくつもの理由があります。
その中でも予後不良の
Philadelphia染色体(Ph) 陽性ALL
が成人ALLの20-30%を
しめることが最大の問題でした。
しかし、BCR-ABLチロシンキナーゼ阻害薬
イマチニブ(グリベック)が開発され、
Ph陽性ALL治療の突破口となりそうです。
ALL202ではPh陽性ALLに対して
イマチニブを使用する別プロトコール、
PH+ALL202を作成しました。
---------------------------------------------------

現在は私はその後のPH+ALL208
プロトコールで治療中。
グリベックの登場によりPH+に対する
治療法がイマチニブ併用化学療法
と命名され随分と変わったことが分かった。
ではPH+All202の有効性はどうだったのか?
----------------------------------------------------
JALSG ALL202試験(イマチニブ併用化学療法)
有効性
CR(寛解)が96.2%(77/80)に認められ、
CRまでの期間中央値は28日(19~69日)
でした。また、1年時予測無イベント生存率
は60.0±6.1%、1年時予測全生存率
は76.1%±5.5%でした。
同種造血幹細胞移植(Allo-HSCT)は
49例(同胞ドナー18例、血縁ドナー1例、
非血縁ドナー21例、非血縁臍帯血9例)
に行われ、このうちの 39例は
第1寛解期の実施で、
CRから移植までの期間中央値は
3.9ヵ月(1.2~18.0ヵ月)でした。
移植施行有無別の1年時予測全生存率は、
Allo-HSCT施行例(n=49)73.3%±6.9%、
Allo-HSCT非施行例(n=31)84.8%±7.1%で、
有意な差は認められませんでした。
JALSG ALL93との比較においては、
1年時予測無イベント生存率
、1年時予測全生存率および
Allo-HSCT非施行例における
1年時予測無イベント生存率ならびに
1年時予測全生存率では有意な
差が認められたものの、
Allo-HSCT施行例においては
いずれでも差が認められませんでした
JALSG ALL 93の成績と比較して
有意に優れていました。
移植を受けなかった人だけをみても、
以前の治療法よりも明らかに優れた
成績を示しています。はたして移植を
受けなくても長期に寛解が
維持できるかどうかは、
今後の経過をみる必要があります。
----------------------------------------------------
これを読む限り、移植の必然性
がどれ位あるのかを考えざろうえない。
移植が第一優先選択肢という
見解は現時点では変わらないかも
しれないが第二選択肢との優位性が
少なくなっているとすれば、
移植リスクと医学(薬学)の進歩
を含めた総合判断が必要である。
現在白血病は完全寛解が
5年以上続けば治癒したと
みなしているので、データ的に
まだ治療開始から5年
に達していない人が多くいて
完全に効果があると断定できない
部分があるようである。

またポストグリベックとして
ダサチニブの登場もある。
10-100倍強力とのことで
イマチニブ耐性を示す症例にも
効果があると言われている。
ただし国内での臨床試験では、
全症例で何らかの
副作用が認められているので
注意が必要とのこと。

今後の転院先での主治医と
の論議となるが、
これからの治療方針に関しては
セカンドオピニオン含めて
納得が行くまで
論議して決定したいと考えている。

--現時点での追記--
寛解導入を終えた時点では
移植という選択肢に心底
納得していない自分がいた
ことがわかる文章である。

白血病検査入院3日~9日(退院)

検査入院3-4日目
2010.11.6-7 土曜日、日曜日

金曜日の夕方に土日は検査がない
ので外泊しますかと
看護師さんに勧められたがお見舞い
に来る人が居るのと
これ以上で家で過ごすと体重増加
に歯止めがかからないので病院
に居ますと回答。

Mさん、Mさん、Oさん、義弟夫婦、
両親と来ていただき両日共
午後は忙しくかつ楽しく過ごす。
皆さんありがとうございます。

検査はないと言われて居たが、
日曜日15時から完全蓄尿という24時間
でどれだけの尿が出るかを測定する
初めての検査が開始される。
トイレに流さず採尿して機械に流す
ことを行なう必要あり。ちょっと面倒。

なお、次のステップの治療(地固め治療)は
病室の関係と自分の個人的な希望をあって
今の病院ではなく前の病院に
再入院して行う事が決定。

検査入院5日目 2010.11.8 月曜日
朝体温36.5度 採血 体重測定
日曜日夕方からの毎食前の
血糖値測定は終了。

各種検査が再開される。
朝一から肺機能検査。
最大肺活量を測る事が
目的で人間ドックでも経験あり。
10時からマルク(骨髄穿刺)で
髄液採取。この病院では初めて
なのでお手並み拝見。
痛みはなく10分で終了。
その後一時間安静状態で過ごす。
後で看護婦さんに聞くと安静時間
は先生により違うようで
短いと30分で解放されるとのこと。
午後になり刺し跡が少し痛みが出る
が耐えられないほどではない。
マルクに関しては幸運で未だに
痛い思いはしていない。

午後は歯科検診。総合病院の
歯科に行くのは初体験。
10台程度の診察台と少ない日でも
5人の先生が配置されている。
歯は移植の為に必ず検査、
治療しておくべきものとのこと。
結果は一部詰め物が取れている
歯があるので治療と歯石が多いので
取りますとのこと、今回の入院で初めて
の治療をうける。
一日では終わらないので
木曜日に再度受診となる。
歯科から戻ると既に15時になっていた。

検査入院6日目 2010.11.9火曜日
朝体温36.6度
今日は何も検査が組み込まれていない。
先生曰く今まで検査を詰込み過ぎて
空き日が出来てしまったとのこと。
シャワーを浴びたかったので昨日の
マルク跡を見てもらい夕方
であればということで許可をもらう。
過去二回に比べ少し痛みが残っている。
残検査は腹部エコーと歯科の二回目
のみとのことで木曜日の夕方に
先生から今回の結果と今後の方針
を話してもらう事とした。
今回は治療はなしなのでおそらく
金曜日或いは土曜日に退院することになる。
前の病院への再入院日はこちらの先生から
連絡を取ってもらうことになっているので
今のところ未定であるが、
今週末は自宅で過ごすことになる。
明日の朝一での検査の為、
今日の夜9時以降絶飲食といわれ
ているので早めに寝ることにする。

検査入院7日目 2010.11.10 水曜日
朝体温36.1度
8時半に腹部エコー検査に呼ばれる。
9時には終了し病室にもどる。
朝食は取置きされているので、
ナースコールをして持って来てもらう。
入院検査の良いところは朝食抜き
での検査が早く終わり負荷少ない
所である。
食べ終わると9時半で薬を飲むのを
忘れそうになる。
午前中は運動不足解消のためひたすら
病院内を歩き回る。
検査入院中は運動不足を感じる程の
体調の良い日が続いている。
昼に移植コーディネータさん初登場。
今日は説明用のパンフレット
を置いて行く。
明日の午後に直接説明をしたいと
言うことなので了解する。
明日の午後は歯科、移植コーディネータ
からの説明、主治医からの説明と忙しくなる。
ちなみに主治医も移植コーディネータも
女性である。女性が活躍している時代
であると感じる。

検査入院8日目 2010.11.11 木曜日
歯科での治療、リハビリセンターでの
現在の体力測定を実施。
移植後必要になるかもしれない
ということでマウスピースの型をとる。
夕方から移植コーディネータ、主治医と別々に面談。
結論だけを言えば、現在は遺伝子レベル
でも寛解状態であり、
また移植に耐えられる体であることが
明らかになる。
最終的に骨髄バンクへの登録を行なう
文書にサインして提出。
移植までの地固め治療は最初の
入院先に戻って行う。
問題点はドナーが見つかっても移植
可能な時期は来年春位になること、
この後の職場復帰には一年程度必要
という時間の問題。
移植には臍帯血の方法もあり、
移植までの待ち時間が短くて済む。
がPh+ALLの場合は骨髄移植前提
で進めて、病状が悪くなり時間的
余裕がないか、ドナーが見つから
ない場合のみ行なうようである。
生存率が骨髄移植の方が優れて
いるとのことであるが、
これを聞くと、同じ条件での
比較でないのでその点を質問する。
回答としては臍帯血については十分な
データが取れていないので薦めておらず、
その結果遺伝子レベル寛解の人に対する
移植結果がどれ位かがわからないので
十分な実績がある骨髄移植の方を
優先(というか決めている)させているとのこと。
これでは何時まで経っても臍帯血
の本当の成績がわからないので、
臨床試験でも受けますよと言ったがあまり
話に乗ってくる様子がないので
多分無理で骨髄移植になると思う。
検査は全て終了したので明日の
朝退院します。
再入院は月曜日の外来で決まる予定。

検査入院9日目 2010.11.12 木曜日 ★退院
10時過ぎに手続き、支払いを済ませて退院。
家からの更新です。都心の病院で
差額ベット代が高く、通算9日間の
入院であるが結構な金額であった。

今回は一人で電車に乗って帰宅する。
今まですべて妻の運転での通院、
入退院、外泊の行き帰りであったので
実に2ケ月ぶりの電車となる。
何でもないことであるが普通に
暮らせることだけでもうれしくなる。
病院の中では時間があると歩い
ていたので、大きな荷物もあったが
疲れる事もなく家に着く。
まだヘモグロビンの数値は少し低い
ので無理はせず午後は
おとなしく家で過ごす。

白血病 移植のための検査入院を振り返る

9日間の検査入院で見たこと感じたこと。

・最初の病院と違い血液内科の
入院患者が多いフロアであったので、
同じ血液の病気関係のお仲間が多かった。
髪の毛を見ればわかりますね。

・重篤の人や介護や必要な人が多く、
聞いていたとおりナースステーションから
近い場所にその人達が配置される。
確かにナースコールも押せないので
そうなるのであろう。
食事もお風呂も看護師さんのヘルプが必要。
家族も大変であるが看護師さんの
大変さも並大抵でないことを
実際に見て感じる。
自分がそうなってもあまりわがままを言って
困らせないようにしようと思う。

・急変患者が多く見る
午前中まで元気というのではないがベッド
に腰かけているのを見ていた
人が夕方に急変。
医師や看護師が駆けつけ10人
ぐらいで緊迫した治療になる。
その夜にはナースステーションの
一番近くの部屋に移動し、
その次の朝にはいなくなっている。
(ICUへ行ったのかもしれないが)
夜でも家族も緊急に呼び出されていた。
この病気は何が起こるか分からない
と言われて現実問題として少し怖くなる。

・部屋のテレビは今はビデオ付きであり、
ディルームに映画等が置いてあった。
ということで今回は映画を見て
過ごす時間が多かった。
色々な検査が入っていていつ呼ばれるか
分からないので、対応できるようにベッドに居るか、
同じ階を散歩していることがほとんであった
ので映画は時間つぶしに有効。
映画はほとんどが昔見たものであったが、
今回は以下のようなものを見た。
MI:3、アルマゲドン、キャッチミーイフユーキャン、
クリムゾンタイド、恋のゆくえ等
ザ・エージェントを見ていると昔
見たときには気付かなかったが、
トロイ・エイクマンが本人役で出ていた。
そういえば"メリーに首ったけ"に
ブレッドファーブが出ていたことを思い出す。
多くの日本人はNFLを知らないと思うが
相当のスー病院に居るとはあまり
見ることができないNFLを家に居る
あいだは見ようかと思うようになる。

ムーンフェイスだったんだ

寛解導入時の入院中にお見舞いの方や
看護婦さんから顔を見て太ったのでは
と良く言われていました。
その時、体重は入院時に比べて
減ってるし、手も足もむくんでないので
髪の毛が無くなってバンダナ
しているから、外見上そう見えるのでは
と言っていました。
何時も見ている家族からも
そんなに変わっていないというので・・・・
でも色々調べていると新たな発見をしました。
入院中に点滴に使っていた
ステロイドや飲んでいるグリベックの
副作用に"Moon Face" 
ムーンフェイス:満月様顔貌がありました。
少なからずこれによるもののようです。
毎日のように顔を合わせている家族は
徐々になるので気が付かなかったようです。

-----------------------
Moon Face
中心性肥満の一種で、顔や体幹などの
中心部に脂肪が沈着する症状の一つである。
ステロイドの長期間大量使用や
副腎皮質ホルモンの分泌
グルココルチコイドの過剰による
脂肪沈着から、満月様となった顔貌をいう
-----------------------

ムーンフェイスとはわかり易い命名です。
日本語の満月様顔貌は
読み方もわかりませんでしたが
"まんげつようがんぼう"と
読むそうですが、会話で
そう言われてもなんだかわかりません。

昔からそういう顔だろうという
突っ込みがありそうですが・・・・

白血病 地固め入院(1) 初日~3日目

2010.11.15
本日午前外来にて地固め治療のための
再入院日程の決定と手続きを実施。
再入院(最初の病院です)は
11/19(金)朝に決定。
地固め治療は最初の治療よりも
強い抗ガン剤を入れるようで、
治療開始数日後にはクリーンルーム
での生活となる。治療は来週中ごろ
から開始される予定。
また発熱もかなりあるそうで
辛い治療となるであろう。
入院期間はほぼ1ケ月の予定。

その後の年末・年始は家で過ごし、
来年1月に2回目の地固め治療を
行う事になりそう。
治療はあまり間を置かない
ほうが良いそうであるが、
年末、正月は病院側も人員が
手薄になるのであまり強い
治療を行うのはリスク
面から避けたいようである。
色々と制限のある入院生活
となるので明日、
明後日と泊まりで魚と温泉を
楽しんでこようと思い
現在計画立案中。

地固め(1)再入院1日目 2010.11.19 金曜日
朝10時半前に病院に到着。
入院手続きを済ませて病室へ
病室は退院時に使用していた部屋で
同じ窓側であり、見なれた景色で
帰ってきたと感じる。
病室に入る前に顔なじみの看護師さん
や部屋の清掃をして頂く人と挨拶。
お帰りなさいとただいまという
変な会話をする。
病院での再会は微妙なものである。

午後に入り先生と治療日程の確認。
今日心電図、来週月曜日にCVカテーテル
の挿入とレントゲン撮影。
来週水曜日から地固め療法開始となった。
地固め療法はC1とC2で各四週間、
合計八週間を一サイクルとして
合計四サイクル行うことになるが
その間に移植の話が進むと思われるので
、治療はそちらにシフトする。

C1は初日から三日目まで抗がん剤の
点滴と初日のルンバール、
4日目からグリベックを飲むことになる。
抗がん剤が最初の治療(寛解導入療法)
よりも強いとのこと。
白血球数が下がるので来週の末
までにはクリーンルームに隔離される予定。
なお続けて治療するとC2が年末年始
にかかるので、C1終了後一時退院して
正月明けにC2治療となる予定。
この土日は外泊しますかと言われるが、
親も来ると言っているので病院
にいますと回答。

地固め(1)再入院2日目,3日目
2010.11.20/2010.11.21 土曜日、日曜日
まだ治療前なので朝のグリベック
のみで後はフリー。
治療が始まると歩けなくなるので
朝から散歩、散歩また散歩。
万歩計が活躍。
入院初日は約一万歩、
昨日今日は約一万五千歩を記録。
普通の歩きで十分間千歩ペースで
あることもわかったのでこれからは
歩いた時間による簡易計測が可能となる

病院に居ることで自分が病気
であるという現実にひきもどす。
生活して行く上で大きな障害となる
症状はなく、発熱もない。
抗ガン剤とクスリでの現在残って
いる副作用は
(1)手先の痺れ、冷え。
前の入院時から継続中。
(2)胸の痛み。
心臓とかでなく乳首が触れると痛い。
グリベックの副作用症例に記載あり。
痛み止めを飲むほどでないので
経過観察中。
一週間位前からの症状。
(3)涙目。何もしていなくても涙が出る。
PCや読書で更にひどくなるが耐え
なれない程ではない。

味覚は完全ではないがかなり回復した。
ただしビールは最後までダメだった。
明日から治療前処理が始まる。
また味覚がダメダメになるのは悲しい。

白血病 地固め入院(1) 4日目~5日目

地固め(1) 再入院4日目 2010.11.22 月曜日

朝体温36.5度 採血、今日は三本。
中心静脈カテーテル挿入が午後
からあるのでその説明を先生
から受けサインする。
首の横から入れるとのこと。
24時間点滴や輸血もここから行うので
腕から点滴は今回はなくなる。
14時開始ということでそれまでに
今日の散歩のノルマをこなそうと
朝食前から歩く。
そのお陰で14時前までに15,000歩となる。

カテーテル挿入のために処置室へ、
研修医が行うようで不安がよぎる。
上半身裸になり、右首から入れるために
仰向けの体勢で首だけ回れ左をして待つ。
顔から体にかけて布を掛けられので
何をしているのかは見えない。
麻酔をかけて行うが20分近く格闘
するも入らず。悪い予感が的中。
痛いや暑いやで疲れまくりで何も成果なし。
その後も10分ほど止血の為、
術口を強く抑えられて息苦しい。
結局、主治医の先生に交代して
今度は左首から問題なく挿入完了。
失敗したほうの首が痛く首が回らない
状況になっている。
研修医も場数が必要なのはわかるが
これを糧に上手くなってくれと願う。
術後カテーテルが正常に入っている
かをレントゲンでチェック。

15時過ぎからお見舞いが三組で
忙しくかつ楽しく過ごし、
首の痛みを忘れることできた。
Mさん、Hさんありがとうごいました。

地固め(1)再入院5日目 2010.11.23 火曜日 祝日
朝体温36.4度 夜の寝付きが悪かった為
か珍しく起床時間迄寝た。
抗ガン剤は明日からであるが
今日から事前準備の点滴が始まる。
実に久しぶりの点滴。
9時半からスタート。
ファンガード抗生剤とソルデム1輸液500ml。
抗生剤は感染症予防、
輸液は水分補給と電解質補給。
最初は同時に落とし、抗生剤は11時に終了。
輸液は15時に終了。
5時間半かかった。明日は24時間点滴
があるそうなのでそれの練習にはなる。
流石に点滴中には歩き回れないので
運動量は激減となる。

治療は明日から3日日の抗ガン剤点滴
、初日のルンバールと投薬が中心となる。
強いクスリを3日目迄に入れてその後も
状況を見ながら輸血と支持療法となる。
また今週内にクリーンルーム行きとなる。

昨日の血液検査の結果
白血球数 2.6 ヘモグロビン数 9.4 血小板数 198
Blast0.0 CRP 0.03
11/2の結果は以下
白血球数 2.6 ヘモグロビン数 8.5 血小板数 138
Blast0.0 CRP 0.06
状況に大きな変化はなく落ち着いている模様。

入院中の支えになったもの、退院後の必須品

入院中の病室にあって勇気づけられてた
千羽鶴。家族が折ってくれました。

千羽鶴

久しぶりに会社に行くときに、
頭髪を気にして作ったウィッグ。
冬だったので暑くはなかったですが
面倒なので最初だけ使って途中でやめました。

ウィッグ

最新の状況(2014/10中旬)

白血病の闘病記はまだ4年前の
記載ですので、今回は
現在の状態を書きます。

昨年6月に職場復帰。
移植後2年少し経っての復帰でした。
復帰は初日からフルタイム。週5日。
やはり当初は疲れが出て週5日
の3日目くらいからヘロヘロ状態。
最近でも5日目は体力的に辛く
何とか過ごして土日完全休養
で復活するという感じです。
終日座り仕事かつ残業もほとんど
なしなのですが体力的には
まだまだだと感じます。

先週末に血液内科の外来に行きました。
現在通院は4-5週間おきのペースです。
(ほぼ月1回のペース)
歯肉がんの手術の為、9月の外来に
行けず2ケ月ぶりの外来。
手術直後は水分も摂取できない状況で、
白血病関連の薬も4日間程飲めなかった
ので大きな不安を持って受診。

今日の血球値 ()は前回(8/1)の数値
白血球数:8.4(6.7)、ヘモグロビン9.0(10.4)、
血小板数:172(169)、CRP:0.1(0.5)、
随時血糖:243(210)、クレアチニン:1.03(1.01)、
AST(GOT):69(49)、ALT(GPT):83(85)、
γGT:1284(1544) HbA1c:6.4(6.6)

全体的に見て手術前と大差はなし。
但し相変わらず肝臓系が悪い、
糖尿病の気があるとの診断。
先生も薬の関係もあるので
ある程度は仕方がないという発言。
現在移植後の障害(GVHD)としては
末梢系が痛い、粘膜系が弱い。
具体的には手の先が痛い、爪がぼろぼろ
なので、指先の皮がむけていたり、
何かに当たると痛いので、真夏でも手袋が必要。
また足の裏が痒いのと痛いので、薬を塗って
包帯をして靴下を履いて外出。
また病前より寒がりになる。
他人より体感温度が5度以上違いそう。
日焼けできない事もあるが夏でも長袖
ですがさほど苦にならないし、
10月中旬になると早くも
ヒートテックを着こんで上着を着て
ちょうど良い感じ。
できればマフラーが欲しいが流石に
まだ早そうなので我慢。
また皮膚が移植後全体が黒ずんだ後、
全部が白く戻らず黒い部分が体全体に残る。
(移植後1年度位からでています)
顔もですが、全身がキリンの縞模様の様。
これには皮膚科に行って塗り薬を貰って
いるが、完治は難しそうとの事なので
化けるしかない(化粧ですね)。

現在飲んでいる薬は
ゾビラックス錠(200mg) 朝1錠
ブレドニゾロン錠(5mg) 朝1錠
タケブロンOD錠(15mg)
 →ランゾプラゾールOD錠(ジェネリック) 朝1錠
ウルソ錠(100mg) 朝、夕各2錠
リピトール錠(5mg)
 → アトルバスタチン錠(ジェネリック)夕1錠
セルセプトカプセル(250mg) 朝夕各1錠
ジャヌピア錠(50mg) 朝2錠
バクタ配合錠
  →ダイフェン配合薬(ジェネリック) 月、水、金の朝1錠
メトグルコ(250mg) 朝昼夕各1錠
ボノテオ(50mg) 月1回1錠
朝:9あるいは10錠
昼:1錠
夜:5錠
(実際はこれ以外に皮膚科から出されている
ビタミン剤を朝昼夕2錠ずつ。)
上記の薬を5週間分もらうので
通院時に受け取る量が多いです。
ここ最近は薬の量は減っていませんが
今年になりジェネリック医薬品
が入ってきました。

他に皮膚科からもらう塗り薬、
眼科から出る点眼薬、
口腔外科から出るうがい薬
があるので薬を持って会社に行く毎日です。

体調全般としては上位症状に加え
今は口腔がんの手術後の
以下の症状に苦労しています。

今は食べる、喋る事が少し不自由。
口が大きく開かないので
大きいものが入らない。
固いものは食べにくい。
それと噛むことが結構顎が疲れるので
食事がリハビリ時間になっていますが、
だんだん量はとれるようになってきました。
また右下の歯が5本無いので何か飲むとき、
今まであれば口の中に入れて(溜めて)から飲む
という事で良かったのでが、歯がない所から
出てきてしまうので、一気に飲み込むという事
が必要で結構気を使います。
また長い時間話す、特に電話等は疲れますし
発音が問題ないかも気になっています。
良くなる部分と治らない部分もあるので
慣れなければと思っています。

mitigationとadaptationが必要
2つの治療によるQOLの低下がありますが、
慣れるということも必要ですね。
仕事で少し関係していた
地球温暖化(Global Warming)
において、今後は
「緩和(mitigation)」と「適応(adaptation)」
の両方が必要ということが常識になっていますが
病後のQOLに関しても同じように、症状を緩和する
ことと症状や病後に慣れて適応して生活していく
ということが必要だと感じます。

でも移植後も重篤にはならず、何とか社会復帰
出来ているという事は幸運な部類に入るのでは
と思っています。

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