プロフィール

tomoasa

Author:tomoasa
1957年12月生まれのおじさんです。
2010年9月急性リンパ性白血病。フィラデルフィア染色体異常あり。寛解導入療法により寛解を得て、2011年春骨髄バンクから骨髄移植。退院後も出血性膀胱炎や肺炎による3度の入院を経験。2013年6月2年9ケ月ぶりに復職。その後も2014年7月両眼白内障となり手術(日帰り手術)。
2014年8月口腔がん(歯肉がん)と告知される。2014年9月手術。2014年10月初旬退院。
2014年12月紅皮症となり入院。12月末に退院。
2015年7月入院(気管支炎)、2015年9月肺炎により入院。
移植後も体調不良により入退院を繰り返しています。

又生まれた時に股関節脱臼。
整形外科に定期的に通っています。


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白内障 その後 現在の状況

いままでほとんど記載していなかった
昨年(2014年)7月の両眼白内障手術後
の状況です。

手術後から通院と点眼を続けました。
手術後の半年間定期的に通院して
検査と診察を受けました。
昨年12月に紅皮症で入院してほぼ
2ケ月程通院できませんでしたが、
年明けのこの1月に久しぶりに行きました。
結果、手術後の半年たって問題はないので
今日で定期的な通院も、点眼も
終わりにしましょうということ
で定期的な通院先が一つ減りました。

通院は手術前及び手術、その後の通院で
合計20回になりました。
日帰り手術と言ってもその後の通院数が
多いので働いている人であると夕方ある
程度遅くまでやっている、土曜日に開いて
いるとかでないと手術後の通院が大変です。

手術後に不便なので1ケ月経たずに
安価なメガネを購入。
本当は遠近両用でないといけないのですが
とりあえずということとその場でできるという
ことで近視専用に。
いまだにそれを使っていますのでそろそろ
ちゃんとしたのを買わねばと思う今日この頃です
裸眼視力は確実に上がりましたので
手術前の眼鏡は合いません」。

今までの言われていたのですが
最後に先生はから緑内障になり
やすそうなので、3ケ月に1度位は検査に
来てくださいと言われる。
緑内障は怖いなぁ~
今回の手術で色々な検査をしたので
定期的もデータがたまっているので
人間ドックの眼の詳細検査という意味合いで
時々検査に行く事にしようと思っています。
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白血病 2011/10/17 NHKプロフェショナル 仕事の流儀

2011/10/17
夜10時からNHK総合での番組。
私が移植した病院の血液内科の
部長先生(谷口部長)の特集でした。
副題「生きたい その願いのために」
見られた人はいるでしょうか?

私の主治医や移植コーディネーター
さんも画面に登場するし、長くお世話に
なった無菌室が写されると少し懐かしさ
も感じた。

この夏(2011夏)から取材カメラが入った
ようで私の退院後の撮影なので知った
患者さんはいませんでした。

私は最初入院した病院から移植病院
への紹介状は谷口先生宛てでしたが
最初の外来時、休診のため今の
主治医になったという経緯があります。

番組内容としては他の病院で
打つ手が無いと言われた患者さん
が最後の砦として谷口先生へ移植
をお願いし、何とかして助けようと
する苦闘を描いている。

移植済の患者さん、移植を待つ患者
さんや家族、移植と無関係な健康な
人で番組への感想が大きく異なるの
ではないかと思われます。
実際患者さん関係のブログ等でも
意見が分かれています。

2名の患者さんにスポットライトが
当たるが1名は移植前に、もう1名は
臍帯血移植後に色々手を尽くすが、
結局両方亡くなるという結果。
NHKも取材中に2名ともに亡くなるとは
予想していなかったのではないかと
思いますが、
先生も放送をOKしているので、移植で
全て治るという幻想を断ち切る狙いが
あるのかもしれません。
(厳しい現状を理解させる意味で)

移植後である私の感想は、先生方の
大変さ、苦悩が改めてわかり、感謝の
気持ちと移植前後に大きなトラブルが
無かった幸運を感じます。
色々不調はありましたが、重篤になる
ことはなく、先生方が非常に順調と
言っていた意味がわかりました。
幸い移植前、移植後共に同室の人
が急変する事はなかったですが同じ
フロアでは急変患者を多く見ました。
前の日には散歩していたのに・・・
また重装備と言えるほどの点滴群や
透析をしている人もいました。

一方これから移植を予定している患者
さんや家族には少し辛い内容だった
ようです。
最後の望みとして苦しいと分かっている
移植をする覚悟・意志が揺らぐのでは
ないかと心配しますが、助かっている
人も多く居るので自分はその中に入る
という強い意志だけは常に持ってもら
いたいと思います。

見た人はやはり白血病は治り難い病気
と感じるでしょうか?
死亡率が高いと感じるでしょうかね?

白血病 移植後の退院 9度目の外来

2011年11月14日
4週間ぶり退院後9度目の外来受診へ。

まずは前回のマルク結果を聞く。
遺伝子レベル寛解は維持している。
98.8%がドナーさんの細胞に入れ
替わっている。
1.2%が移植前の自分自身の細胞が残存。

数値的にはこの程度が普通でしょうとの事。
遺伝子レベル寛解なので自身の悪い細胞
が多く残っていることはないであろうとの診断。

現在の自覚症状としては
1、皮膚が黒ずんできている。
皮膚の痒み、脱皮は収束。
顔も黒くなり、季節外れの日焼けおじさん状態。
2.背筋および足の筋肉が痛く感じる。
同じ体制のままであれば良いが
起き上がるときに苦痛を感じる。

両方とも移植後の症状にある得る
ということで少し時間をおいて経過
を見ることになる。

先週土曜日あたりから風邪のような
調子悪い感じがし、背中の痛みもあり
休養していたが今日のCRPは
0.0ということで健康体のようである。

食欲は小食の人くらいまで復活している
がまだ体重は復活しない。
47-48Kgあたりをうろうろしている。

診察結果は順調なので免疫抑制剤を
減量して見て経過を2週間後に見る
ことになった。
(1日2.4mgが2mgに減量される)

今後は免疫抑制剤の量が減ることが
回復へ進んでいるという目安になります。

白血病 移植後の退院 10度目の外来

2011年11月28日
前回の受診時に減薬したので約束
通りに2週間後に10度目の外来受診へ。

今回は肺機能検査(肺活量等)が
あるので午前中に病院入りする。

血液検査結果 ()11/14時の数値
白血球数3.7(2.5) ヘモグロビン8.5(7.8) 
血小板数61(59)、CRP0.0(0.0) 
で数値的には回復傾向。
白血球数は移植後初めてL(Low)マークが
外れて正常範囲内に入る。
肺機能も問題ないようで全体的には
順調に来ていますとの事。

自覚症状として
(1)全身の筋肉の痛みが強くなり、
特に起き上がるときや着替えるため
手を伸ばす時に背中や腕の筋肉に
痛みを感じる。
また歩き始めると5千歩近く歩ける
ようになったのだが、
歩きながら痛さをこらえる必要があり、
ゆっくり歩くしかできない状態。

(2)肌がこのところ黒くなっている。
顔や手の甲が特に黒ずんでいる。

(3)体重はこのところずっと47Kg台
から増えない。
食事量は小食の人くらいから増えていない。
外食で一度で良いから大盛りが頼める
くらいになりたい。

(1)(2)ともGVHDで時間とともに完全に消えるか
は微妙との事。
内臓関係に影響が来ていないことを幸い
と考えてもう少し我慢するしかなさそうである。

今日の診断でさらに免疫抑制剤が減る
(2mg/1日から1.6㎎/1日)
また今後の大まかな社会復帰等の希望
スケジュールについて先生と話し合う。
自分の希望と先生の意見がほぼ一致したので
2週間後を目途に正式に診断書として作成
してもらうことにした。
それを持って会社の産業医・人事と相談して
具体的に今後の計画を立てることとした。

白血病 移植後の退院 11度目の外来

2011.12.19

3週間ぶり退院後11度目の外来受診へ。
今年最後なので採血中に診察収めですね
言われる。そんな言葉があるんだと感じる。
流石に混んでいて採血受付も長蛇の列、
順番も60人待ち状態。
でも予想より早く40分待ち位で終了する。

血液検査結果 ()内は前回時の数値
白血球数2.2(3.7) ヘモグロビン7.8(8.5)
血小板数61(61)CRP0.0(0.0) 
で数値的には下降傾向。

退院後一番体調が良いと感じる最近であったが
改めて体調と採血結果数値は一致しないことを
最認識。白血球少ないので感染に注意必要。
今は病院に行くのが一番気を使う。
今日どの位の患者がマスクをしているかを観察
すると約3割の人がしている。
少し前までは1割も居なかったのは事実。
私自身は移植後は夏も病院ではマスク着用
なので変わりがないのであるが周りを見ると
危険度が大幅に上がっていることを自覚する。
病院に居る時間を出来るだけ短くしたいと思う
今日この頃である。

先生の診断は数値の上がり下がりは良く
あるのであまり心配する必要はないとの事。
内臓系も問題ないので順調ですとの事。

自覚症状として以下がありますが
深刻でないことは事実のようです。
(1)筋肉関係
・筋肉の痛み(特に背筋)がある。
車のドアを開けるときに気合が居る。
考えてみると背筋力は引いて計りますが
その力も無くなっています。
・握力が無くなっている。
重いものが持てない。
ペットボトルを空けるのが一苦労。
筋トレがが必要ということですね。

(2)肌が黒くなっている。継続中です。
顔や手の甲が特に黒ずんでいます。
少し回復したように思いますがまだ移植前
とは大違いです。

(3)体重は増えません。
食欲はかなり回復していますがどうしても
増えません。

今日の診断でさらに免疫抑制剤が減る。
(1.6mg/1日から1.4㎎/1日)
次は来年初の予定です。
正月に一生懸命食べて少しでも体重
を戻したいです。

がんサバイバーの定義は?サバイバーシップと共に

自分自身でがんサバイバーという言葉
を使っている。
日本語と英語が合わさっているので
Cancer Survivorがもとですね。
ガンになったけど生きているという意味
だけだと思っていた。
調べてみると間違いではないが患者だけの
呼称ではない事が分かった。

患者本人や家族、友人、ケアに当たる
人などの関係者たちを含めてがんサバイバー
と呼んで良いようである。

また診断や治療の後を生きていくプロセス
全般を「がんサバイバーシップ」と知る。
がんの診断・治療の後に、がんサバイバーが、
がんと共に生き、充実した生活を送ること、
と定義されている。
これにより厚生労働省の「がん対策推進基本計画」
において、「がん患者を含む国民が、がんを知り、
がんと向き合い、がんに負けることのない社会」
の実現を目指す、という目標が掲げられるように
なったそうである。
2012年には「第2次がん対策推進基本計画」
(厚生労働省)が発表され、事業者に対しても
「働き続けられるような配慮」
「職場や採用時に差別しない」
を呼びかけている。

「がんで一時的に休んだとしても、
働く力が戻る人は多い。
日本人の2分の1がガンになる
現状において、ガンに罹った人を
解雇したり戦力外にするのは
もったいないということを、経営者には
知っておいてほしい」
(国立がん研究センターがん対策情報
センターがんサバイバーシップ支援研究部長
の高橋都氏)

「同時に、セルフマネジメントも必要。
自身の病気に関する説明力を高め、
周囲からどう支援を引き出すか。
社会的支援を整えることと同時に、
自身の対応力を磨くことも大事ではないか」

その通りだと思います。
でも自分の経験上から病気前のようには動けない、
働けないという現実を周りの人にどうに知らせるか
は非常に難しいですし、変に気を使わせるのも
如何なものかと思います。
外見上は全く問題ないように見えても、
疲れやすいとか、胃腸が弱いとか、
風邪を引きやすいとか、筋力が無いと
は外見からは見えない部分も多いからです。
その上に、完治がない以上、長い間定期的な
通院が必要な事も後ろめたい気持ちに
なるものです。

私の場合は職場復帰後には、周りの人に
ありのままの状態や体調を伝えるよう
にしました。
また同時に少しずつ病気の背景や関係する
事も周りの人に発信するようにしました。
(例えば明日はマルクで休みます。
マルク(骨髄穿刺)とはこういう事するんですよと言う
ようなメールをだすとかです。)
実際、調子が悪い時はまわりも心配してくれますし、
ありがたく思います。
逆に勤めて見てから体調が良い時こそ自己節制が
必要と感じるようになりました。
自分ではそう思わなくても結果として無理をして、
その後に大きな反動が来るという経験を何度か
しているからです。
調子が悪ければ早く帰ったり、早く帰るように
薦められますが、調子が良い時こそ休養や睡眠
が必要なことが、定常的に仕事を続けるためには
何より重要であるという事です。
これががんサバイバー(患者)として同じ境遇に人に
一番言いたいことになります。

最近の状況(201502) 紅皮症での退院から2度目の通院

この前の金曜日(2015.2.6)

今年2回目の血液内科の外来へ。
合わせて入院中にもお世話になった歯科
へも予約して行く。
病院に着き、採血してから、歯科に行き、
その後血内の診察。支払をして院外処方の
薬局へという流れ。
13時過ぎに入り16時少し前に終了。
歯科では前回は入院中皮膚のトラブルの
影響で口に中も荒れていたので、
歯磨きも十分出来ずにいたので掃除してもらった。
その時に虫歯もあるので、血液内科の
外来時に合わせてまた来てくださいという理由から。
虫歯の治療はしてもらいましたがまだまだ
ある奥の方にあるそうなのでまた行くことになります。
(+定期的なお掃除も含めて)
家の近くにも歯医者はあるのですが、
飲んでる薬や入院歴も把握できるので
大病院の歯科にも良い点があります。
例えばボナロン飲んでるので歯は
抜かない方が良いですねとか
言ってくれます。

血内の今回の血球値は以下。
 ()は1月の外来時の数値
白血球:4.9(6.3)、ヘモグロビン:10.2(9.6)、
血小板数:145(193)、CRP:0.4(0.2) 、
クレアチニン:1.04(0.98)
AST(GOT):111(65)、ALT(GPT):159(105)、
γGT:1759(1772) HbA1c:7.3(6.2)

肝臓系の数値悪し。今まで多分最悪。
ステロイドのおかげで体は元気であるのだ
が体の中はボロボロか。
先生も肝臓の専門医が見たら入院を
薦めるかもというレベルなので少し焦る。
まずは肝臓と糖尿病を抑える薬を追加、
と増やすという方針で臨む。
その中にベリベック再登場。
GVHDにも効果が出る可能性があるとの事。
移植前はこれにより生き延びれたのも
事実であるがあまり相性は良くなかった。
昔は6錠、今回は1錠なので副作用も少ない
事を祈る。
それにしてもグリベック高し、3割負担でも
800円/1錠近い。4週間毎日1錠でも2万3千円
位になる。これを1日6錠時は毎月これだけで
10万円超だったという事を思い出す。
金の切れ目が薬、病院の切れ目というのも
意味がわかる。

親、子、孫

今回は単なる漢字遊びです。

親とは ”木の上に立って見る"
子とは ”一(はじめ)から了(終わり)まで子は子”
孫とは ”子とノ糸”

親は最後は子供の旅立ちを木の上から
見る事しかできない。
眼の届くうちは、問題が起きないか
を注意深く見守る。
でも最後には独り立ちを見送る
しかできないのが親です。
だからアドバイスできるが
最後は子供の意志に任せることしか
出来ないし任せる方が良い。

子は親から見ればいくつに
なっても子供です。
子供が親になっても、子は子です。
生まれた時のこと、成長の途中を
見ているとちゃんとこの世の中
を生きていけるかと
心配するのでが、それなりに
生きて行けるのが人間。
でもそれでも常に心配し、
幾つになっても気にかけているが
親です。生まれてきたときは当然ですが、
死ぬまで子供の事を気に掛けるものです。

孫はいったん離れた親子関係を
再び孫という存在が結び
付けてくれます。
孫の存在によって親子が
会う時間がまた増えますし
話も弾みます。
子供は上手く成長してくれるか
心配で責任もありますが、
孫の成長は毎日の育てる
大変さがないので
楽しみのみがあります。
これが子と孫との一番の
違いと思います。

4年半の白血病発病時、その後に
移植時には孫はまだいなかった
ですが今や4人の孫のおじいちゃんに
なりました。
でも孫から見るとには体の弱い、
寝たり入院したいばっかりしている
爺なのでもう少し遊べる体にはなりたい
と望みがあります。

白血病 移植後の退院 半年を過ぎて(1)

移植を受け退院して
ほぼ半年が過ぎる。
なんとか無事に暮らせています。
特に最近は今までで一番体調的には
良いのではないかと思える状態に
なりつつあります。
移植後とその間自宅療養中にも
いろいろありました。
少しまとめます。(4回ほどに分けます)

第一回の今回は体重と食欲の変化
に絞って書きます。
移植時の体重は58kg台、移植後1ケ月以上
この体重を前後していました。
全然食べていないのですが点滴(栄養、水分)
が日に2リットル以上入っていたので
体重は減りませんでした。
逆に朝一の測定で58Kgを超えると利尿剤
を入れられるので夜はあまり飲まずに、
この時には痩せたいと思っていました。
退院2週間前ぐらいから点滴が減ると共に
体重は急激に減少。
最後の2週間で8Kg痩せて50Kg台で退院。
退院後の2ケ月で5Kg減り8月中旬には最低の
45Kg台まで落ちる。
その後一時4Kg戻すも、最近は47-48Kg台を
うろうろという感じです。

食欲はどうだったかというと
実は移植前処理中から食欲がなくなり、
移植前から退院まで病院食は一切
口にしませんでした。(全食欠食です)
移植から1ケ月位は経口摂取は
ジュースやプリン、フルーツ缶詰や
アイスのようなものを少しだけ口に入れる
感じでした。
その後は菓子パン、焼きそば、
カップラーメン、パスタや中華丼等
のコンビニ食が食べられるように
なりましたが昼か夜どちらか
1食という感じでした。
頑張って三食食べても1/3位は
残すという状態でした。

退院後も昼をある程度食べると夜は
殆ど食べられない、昼を抜くと
夜は何とか1人前という感じが続く。
10月くらいになってやっと三食を小食の
人並みに平らげることができるようになる。
外食(ラーメンやパスタ)時も一人前を
やっとの思いで食べ切るという感じでした。
12月に入りやっと普通の人の1人前を
三食取れるようになる。
今は歩く量も増えているので食べても
直に体重が増えない様である。

酒の量は当然入院中は飲めないが
退院後は何かを1杯(ワイン、焼酎、ブランデー)
飲むか飲まないかが当分続いた。
これも12月に入り2杯、3杯と増えつつある。
味の問題もあるがやはり胃の容量に制限が
あったようでそれが徐々に大きくなっている
感じがする。これも復調の兆しと思える。
今の状態が続けば体重も増えてくれると
期待している。

今の希望は一度で良いから
外食で大盛りを頼む、
お酒を酔う位飲むということです。
そうなれば昔に近づいた戻ったと
言えるでしょう。

白血病 移植後の退院半年を過ぎて(2)

第二回は移植後の運動量(歩く距離)
の変化です。

移植前は体力を少しでもつけておこうと
1日1万歩(平均)歩いていたのですが
移植後はどうだったか?
経緯を書きます。

移植2週間後に初めて1000歩越えを記録。
無菌室内を少しづつ歩けるようになる。
4週間後には無菌室を脱出、
同時にリハビリが始まる。
一日の歩数は1000歩前後であるが
エアロバイク漕ぎや鉄アレイで腕の
筋肉強化を行う。この状態で退院。
それまでの治療後の経験から
それなりに歩ける思っていたのだが・・・
大きな勘違いでした。

自宅に戻り散歩に出るが最大でも2000歩、
かつ500歩位歩くと休憩が必要で階段は
全然登れない状態が3ケ月程続く。
とにかく息切れがして、平坦な病院と外
では大きな違いがあることを痛感。

歩く日も平均すると1勤1休。
週の半分は家の中で過ごす状態
休まずに2000歩程度歩けるようになった
のは10月に入ってから。
でも歩くのに時間がかかりゆっくりです。
先日旅行に行った浄蓮の滝の階段
で死にそうになる位なので上り階段は
まだまだ全然でした。

11月に入ってやっと4,000歩まで延びる。
その後は順調で12月に入り今最長は
7,000歩を超えるまでになる。
でも2,3勤に1休ペースかつ午前に歩くと
午後は休息が必要な状態。
天候が悪い時や体調が少しでも悪く感じると
躊躇なく中止です。

上を見れば(健康な時との比較)きりがないですが、
一番悪い時に比べれば遥かに良くなっている
ことに満足してまずは10,000歩越えを今年中に
達成するというのが目標です。

白血病 移植後の退院半年を過ぎて(3)

移植半年後の状況の
3回目は移植後の体の変化です。

まずは体毛関係
移植後に抗がん剤や放射線照射の影響もあり
全身の毛が抜ける。
ただし、何故かまゆ毛やまつ毛はすべて
なくなることはなく薄くなったが残存する。
それまでの治療でも経験していたので
こんなものだと思っていた。
ではいつ位から生え始めたのか?
気づいたのはまず髭が少しづつ生えはじめた
移植後6Week後位から。
伸びるといっても1週間に一度髭剃りを
すれば十分ぐらいの量。最初は生える速度も
遅いです。
その後の1ヶ月くらいで普通に伸びる様になる。
そのタイミングで髪の毛がやっと生え始める。
その後半年近く経つが髪の毛は細く柔らかく
なっていて密度が同じでも見た目薄毛状態。
現在横は耳にかかる程度まで伸びて来ているが
前の状態に戻れるかは不明です。
いまはまだ洗髪後ドライヤーは使う必要が
ありませんがそろそろ必要になりそうです。
それと足の毛のほうが早く復活、手の毛
はまだ生えて来ていません。
ここにも速度差がありました。

次に爪編
爪が移植後の細胞ではえかわる。
前に一度書きましたが新たな
爪が伸びて古い細胞と変わっていくのが
現実に見ることが出来ました。
二重爪になって痛い人もいるようですが
全く痛みはなく段階的に生え変わりました。
また手の爪と足の爪のはえ代わりには
かかる時間に差があることがわかる。
手は4ケ月位で生え変わったが足の爪
はまだ完全に生え変わっていない。
爪に関しては大きな障害にならなった
ことは幸運でした。

肌編
痒み、脱皮、黒ずみを経験。
一番つらいのは痒みです。夜知らず知らず
の間に掻いてさらにひどくなる、睡眠も十分
に取れない時もありました。
脱皮は家中が大変なことになります。
全身脱皮かつ複数回なので、ひどい時は
掃除機が目詰まりする位の量でしした。
(実際掃除機を買い換えました)
黑ずみは肌全体が黒くなるとともに、シミが
出ている状態。
実害はないが見た目の問題。
冬でも日焼けしている変な人のようになっています。
これも元の自慢(??)の色白に戻れるかは
不明のようです。

(追記)
現在(2015年2月)
髪の毛は全部は生え揃っていません。+白髪です。
爪はその後影響が出て親指以外は弱くぼろぼろです。
皮膚は昨年末の紅皮症となるように弱いです。
それに加え痒みがあります。
皮膚の色は一番黒かったときよりは改善しましたが
部分的に黒ずみが残り色は違いますが
キリンさんのようになっています。

白血病 移植後の退院半年を過ぎて(4)

移植後退院し半年後の状況。
最後の4回目は味覚篇です。

移植後の味覚についてです。
一番のショックは
食べたいもの=好きなもの=美味しいもの
が一部成立しなくなったことです。
薬がまだ入っているのでこれから
まだ変化して行く可能性はあると思います。

退院後何が食べたいかと聞かれれば
移植前まで好きだったものを当然挙げます。
ところが昔と少し違う味覚であるとわかると
非常に残念です。
時間が経てばと再チャレンジするも
改善しているものと味覚がおかしい
ままのものがあります。

私の場合は具体的にはどうであったのか
(1)移植前も後も同じく食べたいもの、美味しく感じるもの
パスタ系、焼き肉、味噌汁
(2)移植前は大好きであったが、移植後味がいまいちと感じるもの
ラーメン、そば、うどん、しゃぶしゃぶ
(3)移植後、美味しく感じるもの
ソース焼きそば、スイーツ等甘いもの、パン(特にサイドウィッチ)

酒類はビールは苦く、ワインは渋みを
より感じるようになる。
もともと麺類は好きであったがこの嗜好の変化に
共通の傾向があるのかと考えたがま明確な
結論は得ていないが、醤油の味が変わった事が
大きく左右していそう。。
薄味はダメで普通の濃さでは味が薄く感じている。

ラーメンは今のところほとんどの味が昔と少し違う
のでスープも麺に両方関係しているかもしれない。
まずいとか食べられないというのではなく、
昔から知っている味と違うという所が
期待はづれで残念で、残念なほうが強く
美味しいと感じることが出来ないという
ことなのだと思う。
でもパスタはどのようなソースでも
ほとんど昔と同じ味で味わえているのが不思議。
自分では今は味がわからないバカ舌と言って
いるのですが舌ではなく頭の中に味の記憶が
あるのでは思います。
ソース類は受け入れやすい。これは多くの移植患者
も言っている事ですが私もソース焼きそばは鉄板です。
甘いものはカロリー補給を体が欲しているということ
かもしれません。

味覚異常は薬や移植の影響が多いと思いますが
ドナーさんの好みが入ってきているのかとも思います。
当然直接聞けませんが・・・・
このままであれば今美味しいものが好きなものに一致
して行くのでしょう。

(追記)
現在(2015年2月)においても上記記載から大きな
変化はありません。
麺系は今の方が少しおいしく感じるように
なり食べる回数が増えました。
後、コーヒー飲料や牛乳系飲料を好むように
なりました。移植前は飲まなかったので、移植も
チャレンジしていなかったのですが、少したってから
飲んでみると意外とおいしく感じた。
実は移植後から飲めたのかも知れない。
今はミルク多めのカフェオレが
現在最強になっています。
移植後はそれまでだめだったものも
チャレンジする価値はあるということです。

白血病 移植後初の誕生日

2011.12月末

移植後初めて迎える誕生日。
無事迎えられた安堵感が今までの
誕生日に比べて格段に違います。
また今年から移植日という第2の
誕生日ができました。
今は第2の誕生日から5歳に
なることが目標なので今後第2の
誕生日の重要性が高まります。

一年前の日記にはこのように書いてあります。
"来年の誕生日には皆さんに良い報告
ができるようになっていたいと思います"

一年前は移植の方向性は決まっていたが
具体的なスケジュールは白紙であったので
一年後の今日の状態として考え得たのは
(1)何事もなかったように社会復帰を実現済み
(2)移植は終わり退院し(1)に向け自宅療養中
(3)移植は終わり退院したが、時々体調を
崩し何回か入退院を繰り返している状態
(4)移植後の入院中
(5)移植待ちで化学療法継続中
(6)残念ながらこの世に居ない
その他としては
ドナーさんが見つからず臍帯血移植等の
別手段を取り(1)-(6)の状態である可能性

楽観から悲観まで全てのシナリオを
網羅していると考えていたのだが・・・
今は(2)はクリアして(1)との間に
居ます。
しかし(1)と(2)の間には大きな隔たりが
ある事が今わかる。
事実12月に入り体調は上向きで調子の
良い日のほうが多くなり、
確実に良い方向であることは事実ですが
(1)とは距離があります。
血球の数値と体調がリンクしないのも
残念です。

(1)の社会復帰の前提条件については
入院中から移植コーディネーターさんとも
話し合って以下の目標を立てています。
(A)血液等の検査結果が社会復帰出来る
状態と主治医が認めること
(B)通勤時間分歩けるようになっていること
自分に当てはめると約二時間、歩数で
言えば10000歩位が必要です。
(C)出勤から退勤時間迄家の外で過ごせること
AかつB or Cのどちらかで良いので週五日出来る
ようになることが最低条件

今は(A)はまだNGで移植1年後に全体検査
をするのでその結果で判断してもらうこと
になります。
(B)と(C)は2日に1日であれば何とか出来る
レベル迄来ましたが、毎日当然のように
出来るようになるにはもう少しかかりそうです。

次回の検査結果が判るのは5月の連休明け
予定ですので、その後今後の予定をお知らせ
できると思います。
それまでは自宅療養が続きます。

まずは治療が進み、考えられる可能性でも
良い方の結果で誕生日を迎えられたことを
皆さんにご報告できることが今年の一番の
嬉しいことになりました。

白血病 移植後初の正月

2012.1.1
新しい年が始まりました。
多くの人から年賀状で体の心配を
して頂きありがとうございます。

昨年(2011年)は治療の一年でした。
今年(2012年)は社会復帰が目標になります。
と言っても焦らずじっくり行きます。

最近の散歩は時間が長いので音楽や
ラジオを聴きながら行うのですが
その中で今の心境に近い歌詞があり
ましたので、このような日記のルール
や著作権の問題がありますが、
あえて一部つかわさせて頂きます。

それはKiroroの"未来へ"
作詞玉城千春

-------------------------
ほら 足元を見てごらん
これがあなたの歩む道
ほら 前を見てごらん
あれがあなたの未来
未来へ向かって
ゆっくりと歩いて行こう
-------------------------

病後は目の前の一歩だけ、
それを如何に進むかのみを
考えていました。
これからはそれだけでなく、先の
事も考えながら目の前の一歩を進む
必要があるということです。

昨年の大地震後の復旧から
復興という事と同じようにこの病後
を捉えています。
まずは復旧で病気以前と同じような
体の状態になりたいと思い努力が始まる。
ある程度復旧が進むと将来は
どうなるのかという事が気にかかる。
でもある時期から病気になる前と完全に
同じ状態には戻れないと感じて来る。
だからこそ、これからの未来・将来
をどう描くかを考える必要が出てくる。
全く同じ状況に戻れないのであれば
復旧と復興は意味が違うものになります。
今までは元に戻ることが未来の目標で
あったがそうはいかないという事を
改めて感じています。
体力、年齢、再発の危険等を考えて
どうすべきかを考えて行きたいと思います。

生きるか死ぬかという状態で未来は考え
られないのは確かでした。
少しは考えることが出来るように
なったのは精神的にも落ちついて来た
と言えると思います。

今年(2012年)の箱根駅伝でも
「骨髄バンクののぼり」
があるそうです。見つけてください。
病室で闘病中の患者さん達を応援したい!!
「お正月も病室で過ごさなければならない
患者さんに、テレビに映しだされる
『骨髄バンク』ののぼりでエールを送りたい」
という思いでボランティアがのぼりを持っての
応援が実現するそうです。

白血病  宮下トモヤさんへのお悔やみ(2012.1月)

2012.1.3の日記

昨年の大晦日、格闘家の宮下トモヤさん
がお亡くなりになりました。
ご冥福をお祈りします。

ご存じない方も多いと思いますが
パンクラス等で活躍した総合格闘家です。
私も最近まで知らなかったのですが
白血病関連のブログでアクセスランキング
が上位だったので昨年(2011年)の秋位からブログを
読んでいました。

2010年11月縦隔非セミノーマ発覚、
2011年5月急性巨核芽球性白血病発覚。
2011年10月の骨髄バンクからの移植を実施。
復帰に向けて体を動かし始めるような
事も書いていたので応援していました。
移植後3ケ月経経っていないです。

11月に比べて12月の発信数が
少ないことは事実でした。
最後のブログへの書き込は
クリスマスイブで以下でした。

-------------------------
なんとか・・・・・・
生きてます(笑)
落ち着いたら更新します。m(__)m
--------------------------

ブログには死亡の発表後にかなりの数の
コメントが寄せられています。

アンディフグさんにしても病前は
誰よりも体が強い職業の人でも
白血病や移植後の血球低下によ
感染症や内出血には勝てないという事です。
この病気になるのも運が悪いと言えますが
病後の経緯も運によるものが左右する
ように感じます。
今のところ私は運が良い部類のようで
一安心しています。
でも同じような境遇の方が亡くなると
年明け早々ですが少し落ち込みます。

白血病 移植後の退院 12度目の外来

2012.1.13

2012年初、退院後12度目の外来受診へ。
いつもと違い午前中の予約のため
久しぶりの早起き(6時起床)。
病気になる前は毎日この時間に起きて
いたのだが流石に寒さが厳しい。
この時期の会社勤めの皆さんの
朝の大変さが身にしみました。

いつもより首都高速道路は混んで
いて移動時間はかかったが
病院は思いのほか空いていて
かつ先生が存在しない8:30予約
(診察開始は9時から)をしてく
れていたため、血液検査結果が出た
途端に呼ばれる。
結局8時半少し前に病院に入り、
10時前に診察、薬の受け取り
まで終了。
今までの病院滞在最短記録です。

血液検査結果 ()内は前回時の数値
白血球数2.3(2.2) ヘモグロビン7.0(7.8) 
血小板数54(61) CRP0.0(0.0) 
で数値的にはまたまた下降傾向。

先月から退院後一番体調が良いと
感じており、残る自覚症状として、
皮膚の痒みと少し脱皮があるが、
昔ほどひどくはなく、また先月あった
背筋の痛みはかなり軽減されており、
自宅療養生活には問題はない。
でも相変わらず血球値は上向かない。

内臓系は問題なし、CRPも良いので
全体的には心配ないとの事であるが
血球の回復には時間が必要な場合が
あるとの事なので気長に行くことにする。
でも1年後検診までにどれだけ回復して
くれるかが少し心配ではある。
確かに長い階段を登ることや自転車に
乗ると息切れするのでヘモグロビンの
回復が必要と感じることある。

食欲が入院前にほぼ戻ったのに伴い
体重は退院時までようやく復活。
そう考えると血球値も退院時よりは
良いのでまあまあこんなもんと
考えることとする。

少しずつ外に出る機会を増やして
行きたいと思っています。
遊びで外に行くのもリハビリの一環です。
一日中遊べなければ週5日会社には行けない!
勝手な解釈ですが、今は体力的に一日中遊ぶ
事は困難です。

白血病 移植データ編(1) 全移植数の推移

前に予告しましたが
移植データの1回目です。

移植時にも調べましたが、現在改めて最新の
造血幹細胞移植数や生存率を調べてみた。
データは最新の方が良いと思い更新した
最新情報を載せることにしました。

1回目は全移植件数の推移。

移植数全体推移

出典※
「一般社団法人 日本造血細胞移植データセンター(JDCHCT)
日本における造血幹細胞移植の実績 2013 年度 パンフレット」

全造血幹細胞移植数は2012年度で3,500件超
となっていて総数は確実に増えている事が分かります。
2000年比べると倍くらいあります。
対象年齢の拡大や手術法により、より多くの人が
移植する機会が増えていることが分かります。

白血病 移植データ編(2) 骨髄移植(非血縁者間)件数の推移

移植データ編2回目
最新の造血幹細胞移植数の内の
骨髄移植(非血縁者間)数の推移です。

骨髄移植数2015

私は2011年に骨髄バンクからの移植なので
1,215件のうちの1件に該当します。
この移植は同日を基本としているので
土日、祭日は基本移植を行わないと
考えると、1年の平日数は約250日ですので
全国で1日平均5件程度実施されている
計算になります。
やはり骨髄バンク経由の場合は
移植日の公開や新たな血液型を示す事、
ドナーさんの医療機関の地域を公開する事
はドナーさんとレシピエントが結び付く
可能性が非常に高いと言えます。
ということで、私は非公開にしています。、

でもこの図を見ていると単純に右肩上がりという
のではなく、幾つかの踊り場を経て次のステップ
へ行くというのが見えます。
他の移植件数とも関係ありそうです。
次回の第3回は臍帯血を取り上げます。

白血病 移植データ編(3) 臍帯血移植数推移

移植データ編の3回目
今回は臍帯血移植数の推移です。

臍帯血
※データ出典
「一般社団法人 日本造血細胞移植データセンター(JDCHCT)
日本における造血幹細胞移植の実績 2013 年度 スライド」

2003年から一気に増えて累計数では
2012年に1万例を超えています。
最近はほぼ非血縁者間の骨髄移植数と
同数のようです。
2003年くらいから骨髄バンクとほぼ同数になり、
現在は80%以上が成人の移植(特に高齢者)で
世界の臍帯血移植の1/3は日本で実施されている
とのことです。

そう言えば虎ノ門病院本院には臍帯血移植
1万例突破記念タイムカプセルが置かれていますね。
臍帯血移植1

臍帯血移植2

1997年から始める2013年で1万例。16年かかっています。
カプセルの開封は2万例時点だそうですので
何時になるのでしょう。
最近のトレンドでは毎年1,000例以上で推移している
ので10年はかからずに達成しそうですね。

白血病 移植データ編(4) 骨髄VS臍帯血

移植データ編の4回目です。
骨髄バンクからの移植と臍帯血移植
の年齢別の移植数の推移です。
移植データ関連 h比較

骨髄移植、臍帯血移植とも近年50歳
以上の人の数が急増しています。
これはミニ移植(骨髄非破壊的移植)を
行えるようになったことをはじめと
する医療の進歩と50歳を超えても移植
に耐えられる体力がついたということだ
と思われます。

昔は移植を望んでもできなかった
年齢の人にとっては、治療法の選択肢
が広がった事は事実のようです。

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