プロフィール

tomoasa

Author:tomoasa
1957年12月生まれのおじさんです。
2010年9月急性リンパ性白血病。フィラデルフィア染色体異常あり。寛解導入療法により寛解を得て、2011年春骨髄バンクから骨髄移植。退院後も出血性膀胱炎や肺炎による3度の入院を経験。2013年6月2年9ケ月ぶりに復職。その後も2014年7月両眼白内障となり手術(日帰り手術)。
2014年8月口腔がん(歯肉がん)と告知される。2014年9月手術。2014年10月初旬退院。
2014年12月紅皮症となり入院。12月末に退院。
2015年7月入院(気管支炎)、2015年9月肺炎により入院。
移植後も体調不良により入退院を繰り返しています。

又生まれた時に股関節脱臼。
整形外科に定期的に通っています。


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退職しました 2015年6月30日

2015.7.1

今ブログの記載時期は2年前の復職時点
ですが、特別に狙ったわけではないの
ですが退職しましたので報告します。

昨日の2015年6月末にて退社いたしました。
1980年4月に大卒新卒として入社してから
35年が過ぎています。
また白血病移植後の復職から2年が経過
しています。
3回目の成人式、赤いちゃんちゃんこ
にはまだ30ケ月程ありますが、
社会的に使われている言葉で言えば
早期退職制度を利用しての退職です。
(勤めていた会社は別の名称ですが実質
早期退職制度です)

最後は大病もしましたが、それも今では
誰もが経験出来ない経験ができたと
思っています。
社会人としては非常に良い会社で良い
友人や上司、部下に巡り合えて、
素晴らしい社会人人生を歩めたと思います。
結婚、子供の誕生・成長、孫の誕生もあり、
私生活としても順調であったと言えます。

退職の理由は幾つかありますが

・行動上の障害
病気後、移植・治療後の体力面の戻りが
考えていたものと違う。
これからも今以上に良くなる可能性は少な
そうと判断した。
また片道1時間以上となる通勤における
体力面での辛さがあります。

・治癒宣言時期の問題
昨年の歯肉がんの告知、手術により新たな
5年間が始まる。
来年春だった白血病移植後5年再発なしの
目の前の目標が単なる通過点になったので、
新たな目標に対してどう考えてどう過ごして
行くかを再考することにした。

・優先順位の変更
二つ目にも関係しますが、これから新たな
がんになる可能性も再発する事もある
(二つのがんで再発可能性は高まった事実)
この状況で仕事をする、続けることが自分の
中でどれだけ優先順位が高いのか?
2つのがんにより仕事の優先順位が
下がったことは紛れもない事実。

・体の事を考えた(これが一番の理由)
体に感謝の気持ちが出た。
順位を付けるとこれが最大の理由です。
1年前までは、こんな病気になったのも、
治療や移植に対する回復力が無いのも
自分の体がふがいないからだと思っていた。
でも昨年の新たながんの手術、入院により
痛みに耐え、多量の薬とも戦い、結果として
会社に行けるまでにしてくれたのは自分の
体だという事に気づかされる。
それを労わることもなく、叱咤激励しながらも
酷使しつづけてきたのは誰だ。ということ。
まずは通勤の辛さや会社内での拘束を避けて
あげることが自分が自分の体にしてあげられる
最良の事だと思うようになる。

以上が主理由となります。

また上手い例えではないですが頭に中には
以下のようなもやもや感もありました。

・体力がないのに川の上流に向かって無理に
泳いでいないか?
→岸に上がって歩くという選択肢もあるよな

・エンジンが十分に機能していないのに
ブレーキが効きすぎていると思って
ブレーキを整備しているのではないか?
→何が一番問題か障害かを立ち止まって
考えてみる必要がありそう

というようなことから少しの間体を休める
こととして、本当にやりたいと思えること
を残りの人生やって行きたいと思い
退職との結論になった訳です。

実は昨年末には自分自身の中では既に
辞めると決めており、家族や親には話して
いましたので、突然決めたという訳では
ありません。

今後ですが家でだらだらしていると体力
は落ちる一方なので外出は定期的に
行うようにしないといけないと思っています。
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2年前と今を比較する (復職時と退職時の体調の比較)

2年目の復職時と今(退職した)の体調比較
および各種数値を並べて記すことにする。

・歩く事、手先の苦痛
2年前は足の裏の痛みで長く歩けない状態。
手先の爪や皮膚が弱く、何かにぶつかると
痛いので一年中手袋をしていた。
その影響もあってペットボトルを開けられなかった。
今は皮膚自体が少し硬くなり、歩く事自体は
大きな問題はないが、坂道を上がるとか、階段を
昇るとか、速足とかは息切れします
(これは2年目と同じ)
手袋は保護のためにはほぼ必要がなくなり、
日焼け防止の方が重要。
ペットボトルは独力で開けられるようになる。
階段や走ることが出来ないのはヘモグロビン数の
回復が良くない事が理由と思われます。

・1週間勤務の疲れ
2年前は体力的には週3日半位は何とか持つが
最後の1日半は惰性で何とか1週間終える
という感じでした。
2年後もそれほどこれに関しては良くなったという
感じはありませんでした。あえて言えば4日位は
持つようになりましたが、土日に完全休養する
条件付きでしたので、この2年間は土日に
遊びに行くという事はほとんどしていません。
祭日があるとか通院があるとかで週4日の時は
体力に加え気も少し楽でした。

・体感温度
相変わらず体感温度は5-10度以上低いように
感じる。今年の6月以降は暑いという日が多か
ったようですが丁度良い感じで、今日は少し温度
が低くて過ごし易いと言われる日は少し寒さを
感じる位です。
一般人の耐えられない程暑いは、少しだけ暑い、
暑いは丁度良い、涼しいは寒い、寒いは極寒
と言う感じです。

・熱い、辛い物が食べられない
口の中の皮膚が主原因熱い、辛い物がNG
でした。いまは少しだけは改善して少量であれば
食するようになりました。
でも病気前の辛い物をさらに辛くした
(例えばカレーLeeの20倍にタバスコをプラス
するとかの)荒業は絶対無理。
その一方歯肉がんの手術で歯を5本失って
いるので大きなものや固い物を食べることが
不自由でフォークやナイフで小さくしてから
食べています。
でもこれは白血病とは別ですね

・発熱や風邪等
発熱や風邪にかかる回数は2年前とそれほど
変わっていません。
むしろ白血病発病前よりも罹患回数は減って
いるように思います。
マスクや疲れをなるべく残さないように気を
つけているせいかもしれません。
がやはり一度体調を崩すと回復までに時間
がかかります。
病気前は2,3日寝てれば治った様なものが
今では2-3週間かかるという感じです。
2年前はおかしくなると入院近く迄行った
のですが最近はそうなるのは数回に1回で
後は通院、薬で治るには治るが、相変わらず
時間はかかるという事です。

・体重
2年前は46Kg前後。今は42Kg前後です。
増えるどころか減ってます。
2年前も痩せてましたが更にです。
食事量自体が減っている感じです。
これからは食事特に量的なリハビリも必要。
お酒も2年前の方が量は飲めていました。
今はビール1杯です。

・血球値 今の数値と()内は2年前の数値
白血球:7.8(6.0)、ヘモグロビン:8.5(8.7)、
血小板数:159(90)、クレアチニン:1.19(0.95)、
AST(GOT):38(44)、ALT(GPT):37(40)

明らかな違いは血小板数の回復。
その他はあまり変化がないです。
ヘモグロビンが増えて欲しいが駄目ですね。
行動上障害になっています。
クレアチニンは最近高い傾向にあります。

参考まで今から4年前、移植後退院直後
の血球値は
白血球:1.5、ヘモグロビン:6.0、
血小板数:24、クレアチニン:1.1、
AST(GOT):14、ALT(GPT):16

白血球、血小板数はすごく低かったんだ。
ヘモグロビン数はあまり変わっていない。
やはり増えていない。
AST.ALTは当時の方が健全だったのか
とかがわかる。

比較は以上となります。
数年後にも色々比較できれば良いです。
何故ならば数年後も生きているという事
になりますので。

白内障 メガネを新しくした でも・・・

久しぶりに白内障後の記載です。
手術して1年が過ぎています。
経緯は以下を見てください。
白内障 症状、手術とその後

手術から1年が経ったのでメガネ
を新しくすることにする。
白内障前は既に遠近両用であったのだが
手術後は視力回復に時間がかかる場合
があるということで、手術後すぐに眼鏡を
作るのであればまずは安いもので様子
を見る。少し時間が経ってからチャントした
ものを作る方が賢いという先生の助言もあり、
まずは手術後は近視のみの対応で
今まで使っていた。

やはり近くが見にくい、またそろそろ時間
が経ち視力も安定したと思われるので
遠近両用にと思い眼鏡店に行く。
もう一つの理由は少し偏光レンズに
したいという思いもあった。

視力検査して遠近両用を試したが
近いところの見え方は期待ほどでもない。
裸眼の方がよほどくっきり見える。
色々試し、店員さんとも話した結果
近視レンズ+偏光レンズに決める。
手術により近い所には焦点が合う
ようになったと思われる。
近い所は裸眼で十分であるというか
裸眼でくっきり見える。これが見えな
かったので遠近両用だったのでだが
これでは遠近にする意味が無くなる。
こういう事もあるんだと思う。

ちなみに近視に関しては手術後
すぐに作った時とほとんど変わない
が左眼が少し裸眼視力が良くなって
いて度数を下げたとの結果でした。
昔ならば遠近両用レンズは金額が
高いと言う印象ですが、今は店に
よっては同額というところもある。
(今回もその様なお店に行きました)
結果として近視のみなので金額的
には得はしませんでした。

復職後 2ケ月過ぎて(2013年7月)

2013.7.28

復職して2ケ月が過ぎました。
今週一週間は会社が夏休みのため
ホット一息です。
この2ケ月間、血液内科や皮膚科への
外来受診に行く以外は大きな発熱も
なく会社を休むことなく過ごせました。

足の痛さがあり、歩くことが苦痛な時期
が多く、やはり通勤に一番苦労しました
が何とか乗り切れました。
(GVHDによる足裏の痛さのみでなく、
痒みにより掻いてしまって化膿し痛くなるとか
二重三重の原因があり歩くことが苦痛です)
唇や口の中の荒れは続いており食事面での
苦労はまだありますが、食事量は暑くなって
も極端に減ることはなく維持できています。
全体的にはこの2ケ月で特に悪くはなって
いないが良くもなっていないということで家
にいても仕事していても体調的には同じ様
なので復帰前には不安がありましたが結果
復帰して良かったと思います。

仕事面ではまだ配慮いただいていますので
フルタイムの勤務ですが残業はほとんどしな
いで済む状態で行けてます。これは人事や
産業医からの指示もありますが職場の皆さん
の配慮に感謝です。

今はこの夏休みでここまでの体の疲れを取る、
また今度の金曜日に外来受診ですので血液
検査結果がどうなっているのかに期待と不安
があります。

白血病 復職2ケ月&移植後の退院 42度目の外来(2013年8月)

2013.8.2

会社の夏休み中に外来に行きました。
体は足の痛みと口の荒れが続いており、
相変わらず良くも悪くもなった感じでは
ありません。それが本当なのかの証明
になるが検査結果です。

今日の血液検査結果は以下 
()内は前回の外来(6/14)の数値
白血球数 6.9(6.0) ヘモグロビン 9.1(8.7)、
血小板数 91(90)、CRP 0.5(0.4)、
クレアチニン 0.93(0.95)、赤血球数 2.44(2.27)、 
AST(GOT) 41(44) ALT(GPT) 40(40)
ALP1977(1427) γGT(1427)とも高いことが
指摘される。
ALP(標準値117-350)、γGT(標準値9-109)。

肝臓の異常や胆汁の流出異常があるかもと
いことであるが実は移植後はずっと高い状態
のようで今回だけが突出しているわけではない
ので様子見となりました。
最近アルコールはほとんど飲んでいないので
やはり移植によるものだと思われます。

検査結果全体も標準値よりLow,Highがついて
いるものも前回とほぼ同じなので当然ながら
健康体の人の血液ではないけれども社会復帰
してから悪くはなっていないことは確かなようで、
先生も変化なしですねという事で薬も現状維持
で行くことになる。

足や粘膜系の問題はGVHDと思われるので無理
しないで行くしかないという事で特効薬はなさそう
ですので時間をかけてぼちぼち行くしかありませ
んが、移植2年以上たっても血液数値や体重も
なかなか戻らないので半分あきらめながらも
時間が解決してくれる可能性にかけるしかない
ようです。

次回の外来は9月中旬です。
9月は移植コーディネータによりQoLの調査、
面談もあるので病院通いの月になりそうです。
実は8末に人間ドックを予約したのですが現在
治療している病院ではなく違う病院に行くので
問診の時のために病気や治療の経緯や
投薬状況、現在の血液検査結果をまとめて
おかないと口頭では説明しきれないので
準備が必要です。

白血病患者人間ドックへ行く 移植後初の人間ドック (2013年8月)(1)

2013.8.30

2013年8月末に人間ドックに行き結果が
郵送で届きました。
骨髄移植後2年半近くが経過していますが
毎月の血液検査でも悪いとこだらけなのでわざわざ
人間ドックに行く必要があるのか疑問がありましたが
主治医は血液内科の外来では検査しない検査も
あるので会社の補助が出るのであれば受けた方が
良いということだったので行きました。

普段血液内科の外来で行っている虎の門病院は
会社指定の病院ではないので家近くのクリニック
に行きました。(会社指定でないと補助金が出ない)
既往症や薬は口で説明するのは大変なので文書
にしてこれですと渡しました。
ここは随分前になりますが平成10年に人間ドック
で使っています。
今回その時の数値も合わせて記載されていたので
見比べると面白いです。
平成10年というと15年前で40歳の時です。

今回は結果でNG項目
(1)血液一般検査は最低ランクの(F)
(2)両肺肺線維症の疑い ランク(E)
(3)腎臓関係 ランク(F)
(4)糖尿病検査 ランク(D)

ランクの意味はAの異常なしからF迄あり、
ランクDは要治療、
再検査、要精密検査はランクEで、
もう検査しなくても治療が必要なくらいはっきり
悪いのがランクFのようです。

その他まだ血液型が典型的なパターンと一致
しないので判断保留となり、血液型証明書
がついて来たのですがなんと
ABO式血液型の欄がブランクになっていました。

15年目に較べると
体重22Kg減、
体脂肪率18%→13% 
肥満度+10.9→-24.2
BMI23.9→16.3 
脂肪肝と言われていたのが無くなりました。
白血球数 4900→6700、
血小板数 25.8→12.5 
赤血球数 501→246 
血沈9→75
体重が激減したのでそれに伴う数値は
当然良くなっていますが血球値関連は
こんなものでしょう。

色々再検査や治療するように書かれて
いますが、血液内科の外来が9月中旬
なのでまずは主治医に相談するという
ことになります。
当然ですが今の状態では勝手に治療
することはすべきではないですから。

病気なってから同じ病院で健康診断を
受けると健康時と比較でき、やっぱり自分
は病気でこれがこんな悪いんだという事が
再認識できるという事では良い経験でした。

でも移植2年以上経ってもまだ正式に血液型
が変わっていないことを知って少しショック。

移植後初の人間ドック (2013年8月)(2) 今振り返る血液型の件 

昨日書いた人間ドックの血液型判定の件。
その後の事を含めて書きます。

本件は昨年9月の歯肉がんの入院時
の記載にも書いていました。

血液型が???

2014年9月時点でもまだ正式に血液型
が確定していない。
でもRH+であることはわかっている。
正式な検査である表と裏検査が一致する
のは何時になるのだろうか。

骨髄移植すると血液型が変わる
と言うと驚く人はいまだにいます。
(そもそも移植に赤血球の血液型は
関係ないことが知らない人は多い。
また骨髄移植を外科的手術と思っている
人も多くいる。)
それは知っていている人には、何型から
何型に変わったのですかと聞かれます。
その時に今の正式な血液型はわかりません。
検査したのですが今はまだ判断保留中です。
血液型判定の表検査と裏検査が一致しない
からです。と言うとほとんど人が驚きます。
次に出る質問はそれでは輸血はどうする
のですか?
骨髄移植後すぐに輸血が始まるので
移植前の血液型と移植したドナーの
血液型で決まるので問題ない血液型
を輸血しますと答えます。
でもこういう体なのでもし会社内で倒れた
場合は移植した病院に連れて行ってね
と席が近い人には言うようにしていました。

また血液検査証明書を会社の机に
張っておきました。

それと話は変わりますがテレビで
血液型占いとかやっていると不明の
血液型もあるよと突っ込んでしまいます。
もともと占いは信じない、特に血液型占い
は全く信じなかった方なので、血液型が
変わると性格が変わりますかという
質問にはもともと4つの血液型で人の性格を
分けられるとは思っていないです。
白血球の型(HLA)であれば先祖がどこかで
繋がっている可能性があるので少しは
信じられますがと答えています。

眠れない日々:ブロチゾラム (Brotizolam)について調べる 

昨年末位から夜の睡眠が十分取れない。
具体的には寝つきが悪い、眠りが浅い。
今はプラチゾラムを処方してもらっている。
一般的に言う睡眠薬です。
入院中にも眠られない夜は多々あったの
ですが、昼に寝れるので睡眠剤はあえて
もらいませんでした。

今の状態は夜10時に布団に入っても
午前4時位まで眠れずに過ごすことが
多くあります。
逆に運よく寝つけたとしても午前4時ごろ
には目を覚ますという状態。
会社勤めだと昼間大変ですが幸い、
今は眠りたいときには昼寝可能なので
何とか持っています。

現在は会社に行く必要が無いので
毎日ではなく、次の日に用事がある場合は
夜1回ブロチゾラム0.25mgを就寝前に飲んで、
睡眠をとるようにしている。
でも寝れない、寝ないで済むという事は
体はそれなりに元気だという事も言える。
どこか痛い時とかは別にして、白血病患者
のお友達の発熱時には、起きてることが
出来ないので不眠症とは無関係になる
からである。寝不足でも活動できるという
事が健康だと感じる時でもあるのも事実。

睡眠薬は色々言われているので自分が
飲んでいるものについて調べてみる。

ブロチゾラムは服用後1.0~1.5時間後に
血液中の薬物濃度がピークに達します。
つまり、薬を服用して1時間程度経過した
後に眠気が強く表れるようになります。
これにより、最初の眠りの部分として
入眠障害を改善します。

また、ブロチゾラムの半減期は約7時間
であるため、睡眠中も薬の効果が持続
するようになります。
そのため、中途覚醒に対しても効果を
発揮します。
主な副作用は、残眠感・眠気、ふらつき、
頭重感、だるさ、めまい、頭痛、倦怠感等
があります。

睡眠薬は作用時間の違いによって
4種類に分類されているとのこと。
超短時間型・・・半減期が2-4時間
短時間型 ・・・半減期が6-10時間
中時間型 ・・・半減期が12-24時間
長時間型 ・・・半減期が24時間以上

半減期というのは、作用時間の目安。
「半減期」≒「おおよその薬の作用時間」

ブロチゾラムは「短時間型」に分類されます。
レンドルミンと同じで内服後約1.5時間で
血中濃度がピークになり、約7時間で
効果が切れます

自分で飲んだ印象は
夜9時前に飲んで朝6時に起きる場合でも
少しすっきりしない朝を迎える。
ブロチゾラムの半減期は約7時間ということ
なので理論的には上記睡眠時間では持ち越し
効果はあまり起こらないはずなのだが、
薬の代謝(分解)が遅い体質の人だったりすると、
持ち越してしまう事がありるとのこと。

自分は少し持ち越し気味な体質なのかもしれ
ないと感じる。
朝から重要な事がある場合は少し早めに飲む
ことが必要ということのようだ。

高校野球の思い出 と関係ないですが疑問に思うピンチランナーという呼び方

最近闘病記と離れた話題が多い
ですが今日もそうです。
興味のある人のみお読みください。

既に始まっている地域もありますが
そろそろ夏の高校野球県大会の
時期です。
私の地元は神奈川は今日の7/11からです。
白血病発病前は良く球場に観戦に行って
いました。

どんなに長くても高校生には2年半
しか時間がありませんので、ついこの前
に新しい入った新入生もあっという間
に卒業年度を迎えます。
1,2年生の活躍を祈り、来年度も期待する。
と3年生の最後の戦いを見る事。
またその後の進路も気になりますし、
高校生時代に見ていた選手がプロで
活躍したらそれはそれで嬉しいです。

夏の大会は平日にも試合がありますが、
秋と春の大会の試合は基本土日
なので会社勤めでもよく見に行けました。
今は球場にたどり着くこと自体の体力と、
日焼けを防ぐことが必要かつ大変なので
足が遠のいています。
(こういう人間の為に夏はドーム球場でも
やって欲しい)

移植後は一度だけ春の大会に行きました。
横浜高校の浅間、高濱(弟)が入った
ばかりの一年生でしたが早々に試合に
出ていました。二人とも揃って今年から
プロ野球の日ハムに入っていますね。
浅間は既に少し活躍しているようです。

5年前までは横浜高校を中心に
良く応援にいっていましたが
神奈川の高校野球の人気はすごい
としか言いようがありませんでした。
私と同じかそれ以上のオジサン達が
一杯見に来ていました。
良い対戦カードだと春や秋の大会でも
外野席解放とかありますので早くいかないと
良い席が取れませんでした。
特に横浜高校が絡むと混んでました。
昔から東海相模とか、桐光、桐蔭、慶応、
最近は加えては横浜隼人や創学館や向上。
更に近年は公立が強いようで、
何と今年の夏は公立校の2校が第一シード
(橘、県相模原)で横浜はノーシード。
横浜は昨年の小倉コーチに続き渡辺監督
の勇退で最後の年の試合なので力が入る
ところでしょう。
組み合わせは第一シードの県立の県相模原
と同じブロックなので注目の試合になるで
しょうがそこまでお互い勝てるのか?
何せ一発勝負。
何が起こるわからないですから

5年前まですが当時見ていて凄いと
思った高校選手は
・高濱(兄)(横浜高校) 阪神→ロッテ
・筒香(横浜高校) 横浜DeNA
・大田(東海大相模) 巨人
・谷田(慶応大学) 今年ドラフト上位候補(?)

菅野(東海相模)は線が少し細かった
ので即戦力と言う感じではなかったです。

高濱は肩強さと足の速さ、
筒香と大田と谷田は兎に角飛距離。
やはり遠くへ飛ばせる能力は持って
生まれたものですし魅力です。

この中では筒香がやっと一流の
仲間になりつつあります。

野球話題をもう一つ(これは疑問)
野球で代打や代走をピンチヒッター
やピンチランナーと言うけど
一般的にピンチの逆はチャンスと言われる
のでどう考えても代走というのは攻撃時に
ランナーが出ているチャンスなので
ピンチランナーでなくチャンスランナーと
言うべきではと野球を見ながら思う。
ピンチの意味として代わりのという意味が
あるので問題はないのであるが日本語で
のピンチの意味がチャンスの反対語という
理解が大多数なので違和感があるのだろう。
せめてピンチランナーはチャンスランナーと
呼び換えてしてほしい。
巨人の鈴木とかはまさしくチャンスナンナー
と呼んで良いと思っています。

2045年問題(1) それ何?何が問題

またまた今回も闘病記とは直接
関係ない話題ですが将来の医学
の進歩を期待して。

最近「2045年問題」が取り上げられる
ようになっている。
IBM のWatsonとか、映画の公開も
関係があるのでしょう。

まずは「2045年問題」とは何かから

コンピュータ技術が今のスピードで
発達し続けると地球全人類の知能を
超える究極の人口知能(AI)が誕生する。
それが2045年と予測されている、という
か断言している人も居る。

その何が問題か?
問題は人工知能が更に自分よりも優秀な
A・Iを作り、もはや人間には制御も太刀打ち
も出来なくなるという事である。
現実に10数年前までは相手にされなかった
コンピュータ将棋はもはやプロ棋士を上回り、
人間の敗北が決まってしまっている。
若手の有望なプロ棋士がコンピュータ相手に
練習将棋で勝率は1割なかったと言っている。
この若手プロが今最強の名人と戦っても
勝ち越しはないけれど1勝9敗迄の差は
ないのでプロ名人を上回っていると言える。
更にコンピュータ側は負けることによりさらに
進化するのでもはや勝ち目はない。
この前の電王戦(人間対コンピュータ:5試合)
では人間(プロ棋士)側が勝ち越したのは事実
であるが事前にソフトの貸し出しありで、
事前練習(研究)で弱点や癖を見つけてそれを
使って3勝2敗でようやく勝ち越したのが真実である。
詳細が知りたければ以下を見てください

電王戦Final

その内に人間同士に戦いでは通信機器の
持ち込み禁止や2日制の廃止とかを考えない
といけない。
合わせて身体検査も必要になりそう。
最近試験での腕時計の持ち込み禁止とか
言われているがそれ以上に厳密にしないと
行けなさそう。
それはH/Wも小型化されて時計は実現済みで
眼鏡も可能、さらに今後は更なる小型化可能なので
身に着けているのかの判断できなくなる。
そうなるともはや自分の頭で考えているのか
どうかがわからない。
と言うか自分で考える必要がなく、考える
事自体が無駄となる。
チェスはすでに制覇され、囲碁はまだ人間
にはソフトはかなわないと聞いているが、
時間の問題でいずれゲーム系はこういう
運命をたどらざろうえないと考えるのが
必然だと思う。
でも今はゲームはあくまで専用のソフト。
これがすべてに対応できるようになる
必要がある。

実はこういうことを書きたかったわけでは
なかったのですが、長くなったので
次回に続きます。

2045年問題(2) 医療への期待

前回(昨日)「長くなったので続きです。

でもA・Iへの期待は大きい。
色々な期待分野があるが個人的には
今は直せない病気の治療や予防医学、
新薬開発、人工臓器等や介護関連。
個人的には、未病の早期発見や
過去のデータの中からその患者に
最適な治療法の選択への期待が大きい。

事実既にIBMのWatsonは医療活用を
進めようとしている。
将来は医者不要論もある。
IBMのCEOも米国ではがん治療にWatson
が欠かせなくなってきているとし、
具体的にも以下のように言っている。
「特にがんの治療法を決めるためのDNA
解析に威力を発揮するという。
これまで、専門家で構成したチームでも、
患者の1つの腫瘍について、DNA配列の
解釈や治療法の選定に数週間かかっていた。
それがWatsonだと数分で完了する。
米ワシントン大学でがん治療に携わる医師、
ルーカス・ワルトマン氏は
「ワトソンは劇的にがん治療にかかる時間を
減らしてくれる」と話す。
がん治療は時間との闘いだ。
テキサス州立大学MDアンダーソンや
マヨ・クリニックなど有力医療機関は
ワトソンの活用を始めた。
膨大な情報をインプットして何百万の
仮説を立てる。
そして、瞬時に検証する。
最終的には、最適な選択肢を利用者
に提供する。」

ということである。

例えば私の白血病での移植前の治療は
JALSG PH+208プロトコール。
これについては詳しくは以下に記してあります。

JALSG プロトコール

でもこれはそれほど多くない病例から
結果が良かった確率が高い治療法の
選択であり、効果がなかった人も
多くいるのである。
幸いにも私の場合は効果があったと
言えるが、より膨大なデータからの
詳細な分析から、個々人の現時点の
状態に合わせた最適な治療法が迅速に
選択出来るようになれば、患者が助かる
可能性が高くなると言えます。

もう少し書きたいことがあるので
さらに次回に続きます。

2045年問題(3) 期待も大きいでも規制も必要では

2045年問題。その3 最終回です。

原子力もドローンもA・Iも世の中の役に立つ
反面、悪用すればもの凄い脅威にもなる
という共通点がある。
更にA・Iは今存在しないものを新たな脅威として
作り出すことも出来る可能性があるのである。
最初のきっかけは一握りの悪いことを考える人間
によって悪の方へ技術を使うという事からであろうが、
それはもはやは防ぎきれないと考えておくべきである。

特にA・Iの場合はそれ自体が暴走し、人間が
制御不能になる可能性と言うか現実が
あるからである。
ターミネータのスカイネットも現実となりうる
一方で「アンドリュー NDR114」のように
不老不死でなく人間のように老いるとか
死ぬとかにあこがれ選ぶようなになる
かもしれないのである。

サステーナブルな地球、人類。
孫やひ孫や100年、200年後の人類が問題
なく暮らしていけるためにエコロジーが重要
であるというのはその通りであるが
それを実現してくれる可能性が一番あるのも、
壊すのもAIであると考えている。

それと個人的に一番言いたいのは
原発反対(廃棄物処理問題)も重要、
環境保全もこれからの人類のために
重要であることはその通りだと言える。
でもそれらを解決できるのはA・Iである
可能性が強い。
例えば二酸化炭素を酸素に変える技術や
原発の廃棄物を完全に処理してくれる技術
等今の人間では出来ないものも実現して
くれる可能性もあるのだから。

一方ではA・Iに対する危険性も考えて
今から何らかの規制をするとかを考える
事が将来に向けてより重要ではないだろうか。
集団的自衛権のように国があり、国益を守る
ためにどうすべきかを論議するようなことも、
相手が他国でなく人類対AIとなれば国の国
との対立は関係ない。
今の論議は非常に些細な事としか映らない
自分が居る。
もっと論議すべきことがあるはずである。
全人類がサステーナブルに生きて行く為には
共通かつ最大の問題と認識すべきである。

復職後 3ケ月過ぎて(2013年9月)

2013.9.1
6月に復職して3ケ月が過ぎました。
ここ一ケ月も体調面では発熱もなく
過ごせました。
暑い時期が過ぎて少し涼しくなったと
思ったらまた暑いので体にはきついです。

足の痛さはまだあるので、包帯等でケアして
外出するのすが最悪期に比べて少し良くなって
います。
小走りは無理ですが心持ち速足で歩くことが
出来るようになりました。
横断歩道で信号が変わりそうなとき今までは
必ず次でいいやでしたが、今は渡れるかもし
れないと少し速足で行くこともたまには出来る
ようになりました。
また毎日通勤することで少なからず歩いて
いるので足の筋肉も少しはついたようです。
唇や口の中の荒れは続いており食事面での
苦労はまだありますが、まずは無事に3ケ月
過ぎました。
この夏の暑さによるバテ、先週の人間ドックの
影響で体調があまり良くないので少し心配ですが
休養を多めにとるようにしていきたいと思います。

9月は定期検診やQOL診断と検査月ですので
結果が少しでも良くなっていればと思います。

白血病 復職3ケ月&移植後の退院 43度目の外来

2013.9.13

2013年8月初旬以来の外来。
体は足の痛みは少し改善、口の荒れは
相変わらず続いているが、前回の外来時より
少しは良くなったかという感想。

今日の血液検査結果は以下
 ()内は前回の外来(8/2)の数値
白血球数 6.5(6.9) ヘモグロビン 8.2(9.1)、
血小板数 105(91)、CRP 0.3(0.5)、
クレアチニン 0.83(0.93)、赤血球数 2.19(2.44)、 
AST(GOT) 35(41) ALT(GPT) 32(40)
ALP2227(1977) γGT1801(1427)は
相変わらずともに高い。
(ALP(標準値117-350)、γGT(標準値9-109)。)

8月末の人間ドックでもALPの値から肝機能障害が
あると言われましたが、主治医に聞いたところ移植後
ずっと高いのでGVHDによるもので、下げるには
免疫抑制剤だが今復活することはすべきではないとの
見解で様子見で良いとの事。
また同じく人間ドックで指摘された肺線維症の疑いは
2度の肺炎の影響で今すぐ問題ではないという事も確認。
人間ドックで色々記載されましたが主治医から見ると
想定の範囲内で何かを今すぐに治療するというものは
ないという事でこちらは安心。
上記現象に少し関係してか今回から薬が減る。
具体的にはブイフェンド(真菌感染症(アスペルギルス症、
カンジダ症、クリプトコッカス症など)の治療に用いられる)
を一日6錠(50mgx6)飲んでいたのですが中止になりました。
この薬の主な副作用として以下が記載されています。
羞明(まぶしく見える)、視覚障害、吐き気、嘔吐、頭痛、
霧視、食欲不振、不眠、肝障害などが報告されています。
まれに下記のような症状があらわれ、
[ ]内に示した副作用の初期症状である可能性があります。
・冷や汗、顔色が青白くなる、息苦しい
[ショック、アナフィラキシー]
・高熱、皮膚が赤くなる、口内炎
[中毒性表皮壊死融解症、皮膚粘膜眼症候群、
多形紅斑]
・体がだるい、食欲不振、皮膚や白目が黄色くなる
[肝障害]
・胸が痛い、動悸、脈が乱れる
[心電図QT延長、心室頻拍、心室細動、不整脈
、完全房室ブロック]
・呼吸困難、全身のむくみ
[心不全]
口内炎に近い症状、嘔吐、食欲不振、不眠、肝障害
とか思い当たる症状が記載されているので薬を
中止して一つでも改善されればと思います。
でも逆に感染症には注意が必要になりますが薬の
面からは一歩前進でしょうか。

次週は移植コーディネータによりQoLの検査、
面談の外来診察があります。
予防注射等の話が必要となると予測しています。

2015年7月入院(1) 現在の状況 またまた入院 入院初日

5年前の白血病発病以来
入院経験は10回を優に超えました。

今週の月曜日(2015/7/20)朝に発熱。
37度台だったものが夜には39度台に。
さすがに寝ているだけしかできませんでした。
翌火曜日(7/21)朝になっても熱は下がらず
直接主治医に電話で病状を説明してから
午後に病院に行く。
先週から少し喉が痛い状況があったのだが
発熱がなかったのでそのままにしていた。
念のため台風後の猛暑時も外出せずに家で
静かにしてたのであるが結果として入院になる。

血液内科の主治医は午後カンファレンスで
立ち会えないということなので、まず一般内科
の医師に診察してもらう。
病院で測っても体温は38.6度。
インフルエンザ検査、血液検査、レントゲン撮影、
CT撮影、採尿を行い内科処置室のベッドで待つ。

内科の先生の診察結果は軽い肺炎ではないか
とのこと。肺に少し影があるらしい。
CRP(炎症反応)が14以上あるので今日は
帰れませんということで入院決定。
肺炎にも軽いのってあるんだと思いながら
夕方病室に移動して痰の検査。
普段から痰が出る体質ではないので
待っていてもダメそうなので結果として
吸引してもらう。
これは一瞬で済むのですが苦しかった。
カロナール(解熱剤)を飲んで2時間後に
体温を測ると36.3度と2度以上下がる。
熱が下がると体が急に楽になります。

夜になって主治医と話せる。
過去にも肺炎になっている影響が画像に
出ている可能性がある。
肺炎ではなく気管支炎の可能性もある
ので点滴を打って様子見しますとの結論。
また血液検査ではCRP以外の腎臓や
肝臓の値は前回から大きな変化はない
ので案外と早く出れるかもしれませんとの
言葉があり、少しほっとする。

次回に続く

2015年7月入院(2) 現在の状況 入院2日-3日目

2015.7.24(金)

本日は入院4日目
入院2,3日目の事を記します。

1日目の夜に熱が下がったが
解熱剤の効果と思っていたら
2日目も朝も36度台で発熱がない。
3日目も朝も36度台で問題なし。
35度に近く少し普段からすると
低体温過ぎるのではと思うくらい。
という事で徐々に活動中です。
咳がまだ出るのが最大の問題で
あるがそれ以外の体調は入院前の
定常状態と同じくらいでよろしい。
食事量も思ったよりは食べられていて
出されている病院食の7-9割。
病気前でも完食は不可能な食事量
だったのでほぼ戻ったといえる。

点滴は
お馴染みのソルデム(500ml)1本約5時間
AM10時開始の15時終了が目安。と
抗生剤ゾシン(50ml)を3回/日。
AM6時、PM14時、PM10時。
これは約1時間で終了する。

という事で15時以降にシャワーや散歩と
なるので忙しいし、夜は消灯時間後の
寝る時間に点滴が始まるので少し
寝不足な状態。

経口薬は家で毎日読んでいるものを
入院日に持ってきたのでそれのサブセット
(一部除外薬あり)で今回新たに追加され
たものはなし。
家にいるときよりも今は量が少し減ってうれしい。
それよりうれしいのは薬の管理も任されたので
食後自分のペースや時間配分で飲めるので、
入院中のストレスの一つががかからなくて良い。
看護師さんの薬管理だと、食後と言っても
看護婦さんの忙しさや都合に合わせた時間に
薬を持ってこられてさあ目の前で飲んでください
という体制でいられる。
(直接は言われなくても、忙しいけど飲んだことを
確認しないといけないのでと、という感じがありあり
なので焦り気味に飲む)
10錠もあると飲む決心がついてから一気に飲む
という事をしないと途中で萎えることがあったり、
苦みが強く感じたりすることが多々ある。
自分のタイミングで覚悟を決めて飲みたいタイプ
なのである。これほど気分的に楽ならばこれから
もすぐにそうしてもらおうと思うが、それを許さない
病院もあるとので全部が可能ではなさそう。

明日朝に待望の血液検査があります。

2015年7月入院(3) 現在の状況 入院4日目

2015.7.25

昨日(2015.7.24)の記録です。
朝6時に起きて、体重測定、血液検査。
その後朝一の抗生剤の点滴を入れてから
血液検査。

11時過ぎに、主治医が血液検査結果を
持って病室に来る。
結論から言えば今の状態であれば
来週月曜日に再度血液検査と追加で
腹部エコーを行い、問題がなければ火曜日
退院の計画で行きましょうという話に。
入院初日に話していた最良(最短)ケースでの
退院に向けてまずは順調と言えそう。

以下血球値です。
数値は6/22,7/21(入院日),7/24 の順です。
CRP:0.4→14.9→4.8
ヘモグロビン:2.32→2.63→2.28
白血球数:7.8→8.9→3.4
血小板数:159→109→107
クレアチニン:1.19→1.11→0.99
AST(GOT):38→29→46
ALT(GPT):37→27→46

入院初日のCRPが14以上と聞いていたが
ほぼ15だったという事がわかる。
これでは医者としては帰さないだろうと思う。
まだ5近くあるだがCRPは結果系指標なので
体調自体が回復していれば遅れて数値が
落ちてくるはずなので月曜日にはさらに
下がっているはず。

白血球数低下は治療開始の影響か。
入院後に低下。
血小板数低下は気にかかる。入院前から
低下気味。
このところ心配していたクレアチニンは
標準値に入る。
AST/ALTがまた上昇気配であるが薬も
関係しているのか?

色々疑問はありますが、これ以上大きな
問題が起きないことを祈りつつ静養中。

2015年7月入院(4) 現在の状況 入院5日目 意地の散歩

2015.7.26

昨日の土曜日(2015.7.25)
食事が摂れているという事で点滴が減る。
一番時間がかかるソルデムがなくなり、
点滴なし時間が4時間ほど増える。
入院中といえども日中の行動が4時間
自由になるのは大きい。
取りあえず、体力面の低下を考え散歩に
精を出す。点滴をしていると不可能な階段
にもチャレンジ。でも主に下りだけ。
少し昇ると即息切れ。これは前からですので
今回の病気や入院とは無関係。
外は猛暑だったり、雷雨だったり大変そう
ですが一日中定温状態の病院の中にいる
と散歩をしても体は快適です。
が退院してから外に出るとか、熱帯夜とかに
体がどうなってしまうかが逆に怖い。
ただでさえ移植後は恒温動物になったの
ではないかと思うのに非常に不安です。

入院後の歩数を記すと
入院初日:800歩
(入院のための必要最小限の移動のみです)
2日目:2000歩(夕方病棟を数周散歩)
3日目:6000歩(夕方病棟を20周ほど散歩)
4日目:6500歩(夕方病棟を20周ほど散歩)
5日目:10000歩(午前、午後に分けて散歩+階段)
 1万歩を目標に何とか達成

今回は入院2日目から散歩する意欲が出て、
体もまずは動いたので、入院直後からそれほど
ひどい状況ではなく回復自体が早かったといえます。
プラスそれなりに食べられたという事実があります。

土曜日にもかかわらず昼前主治医が顔を見せて
元気そうなので月曜日の午前の検査で問題が
なければ火曜日でなく午後に退院しても良い
ですよというので、そうしますと答える。
いずれにせず月曜日の検査結果が悪ければ
火曜日の退院もないので、退院できるので
あれば早ければ早いほどうれしい。

その代り退院後少し早目に2週間後に外来受診
に来る予定とした。

後は何も起こらないように静かに過ごそう。

2015年7月入院(5) 現在の状況 入院6日目 静寂な病院、怠惰な入院生活

2015.7.27

私には関係ないが昨日は世間は日曜日。
土曜日の散歩の影響か何もする気が起らず、
基本寝て過ごす。
入院中の安息日(なんだそれは)という感じ。
体が今日は動きたくないといっているので
今週は大変だったのでそれに従う。
朝もずっと寝ていて点滴や食事で起こされる
が食べる終わるとすぐに寝るという感じで、
朝食べて、寝て、昼飯に起こされるのでは
やはり食事はできない。少しだけにしておく。
前の夜も睡眠はとれていたのだが昼まで
ずっーと寝ていた。入院疲れか?
睡眠の深さが家と違う部分もありそう。

十数回の入院において、休みの日の
入院病棟、特に午前中の静けさが
好きである。
検査は入らない、退院可能な入院患者
は家族や知り合いに来てもらって退院
していく、あるいは外泊可能な入院患者
は土日を使って外泊するので病棟に居る
患者さんの数自体が極端に減る。
看護師さんの人数も少なく配置される、
スタッフも居ない、掃除もほとんど入らない、
医師の数も少ないので病棟全体に
静寂感があります。
まして午前中はお見舞いも少ないというか
この病院は原則午後からなので本当に
静かで散歩していても、寝ていても人が
障害になったり、うるさくて起こされることが
ありません。
入院中のほっと一息つく時間です。

夕方少しだけ動くかという感じで軽く
散歩して一日が終わる。

月曜日の朝一に血液採取。
午前中腹部エコー検査。
午後に退院できると思います。

2015年7月入院(6)  退院しました

2015.7.27 月曜日

朝一に血液検査、朝食抜きで午前中に
腹部エコー検査を終える。

腹部エコーにて少し不安な事があった。
かなりの時間、寒い検査室でお腹を出して
検査したのに途中で検査技師が交替。
それも明らかにベテランと思われる人に
交替したので何かあるのではと勘繰る。
ましてやそれまでにない姿勢をさせられたり
したので尚更である。
心配しながら結果を待つが、病室に戻り思わず
朝寝してしまった。
(不覚。実はあまり深刻ではなかったということか)

午前中に主治医が来てCRPは1.4。
腹部エコーも問題ないので予定通り
午後退院できますと言われる。
検査技師交替はなんだったのか?

午後一に請求書や薬が出たので、精算し
私物を片付けて妻のお迎えを待つ。
先週火曜日から月曜日までの7日間の
入院でした。
次回は2週間後の8/10の外来予約をする。

家に帰り休むがやはり暑い。
病院と言う避暑地から戻ったので
まず体が気温に慣れる必要があります。
冷房をつけるが冷えすぎるのが難点。
夜は暑くて寝れずに深夜にラジオを聞くと、
東京は午前3時なのに28度あるとの事。
寝つきが悪いはずだ。
でも最近のこの暑さは温暖化以外には
考えられないのではないか。

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